「ただ、撮影のスタイル自体が、篠田さんがカメラを回していたときと、それ以降では自分の中では違っていて。

篠田さんが亡くなられた後のファースト・ムービーは『ハルフウェイ』(09)(※岩井俊二製作総指揮)なんですけど、あの作品で篠田さんとやってきたものを受け継ぎながら自分流の撮影のスタイルを模索し、『ヴァンパイア』(12)を経て、今日のセルフDP(Director of Photography)という撮影も演出も監督の僕がハンドリングする三位一体のスタイルを確立させたんです」

そのスタイルにこそ、岩井俊二のこだわりと岩井ワールドの唯一無二の世界観の秘密が隠されている。

「よくあるのは、監督が演出をつけました。それで撮影部がカメラワークを決めて、そこからようやく照明部が頭を掻きながら『照明はどうしよう?』って言いながら光を小さく当てるような形です。

つまり、演出部も撮影部も照明のことを最初の段階では何も考えていないんですけど、それじゃダメなんです。

まず照明から決めないと。

照明を決めて、そこでどう演じてもらうのかを決めて、それからどう撮るのかを決めないと、綺麗な画にならない。

少なくとも僕は、照明を最初に決めて、役者の動きを見ながらどう撮るのかを考えるようにしています」

岩井俊二監督は、もともとは漫画家を目指していた

岩井俊二監督は、コミックの映画化が主流の現代の日本映画界において、オリジナルのストーリーで映画を撮り続けている数少ない存在でもある。

そこで、これからの映像作家に必要なものは何なのか? を聞いてみた。

「オリジナルの作品を撮っている僕は実写の世界では異端かもしれないけれど、もともと目指していた漫画の世界ではお話を作ることが絶対条件でした。

漫画を講談社に持ち込んだときも、絵のことはほとんど問われなくて、『絵なんて後からついてくるし、君はそこそこ描けているから大丈夫だよ。次はとにかく面白い話を書いて持ってきてくれ』っていうことでしたから。

つまり、漫画は面白い話を書ける人間か、書けない人間かだけでジャッジされる世界なんですけど、実写の世界ではそれがないんですよね。

でも、オリジナルの物語で映画を作ることができなければ、僕自身面白くないし、『バケモノの子』(15)の細田守さんも『君の名は。』(16)の新海誠さんだって自分で話を生み出している。

それこそ、それができない人は入れないよ、という世界と、それができる人がいないよ、という世界のどっちが正しいのか? を考えたら一目瞭然だと思うんですよね(笑)」

さらに、小説やコミックを映画化する際にも同様のことが言えると訴える。

「同じ原作でも、物語や台本を書く能力がある人が扱うのと一度も書いたことがない人が扱うのとでは雲泥の差があるし、後者が手がけたらなんて危険なことをしているんだろうと思うことも、よくありますね」

だが、近年はスマホやデジタル機器が格段に進化し、誰でも簡単に映像作品が作れるようになってきた。

「だけど、“物語”や“世界”を作る能力がなければ、作品は生み出せない。目の前にカメラがあっても友達を撮ってるぐらいじゃ、何も始まらない。

家に油絵具があっても、ゴッホにはなれないのと同じで、撮ることと、作品を作ることはまた別の問題。別の能力が問われるわけですから。

それこそ、いま、映画監督を目指している二十代の人たちは“俺は『風の谷のナウシカ』みたいなものを作るんだ!”という意欲と、それを1時間半ぐらいの作品にできる構想がないとダメだと思いますね」

ずっと最前線で戦い続けてきた岩井俊二監督だから言える力強い言葉を、映画監督を夢みている人はもちろん、映画が大好きな人は噛みしめて欲しい。

そうすれば、東京国際映画祭で岩井俊二監督の名作たちと対峙したときに、監督の言葉の数々がきっとじわじわと心に染みてくるはずだから。

映画ライター。独自の輝きを放つ新進の女優と新しい才能を発見することに至福の喜びを感じている。キネマ旬報、日本映画magazine、T.東京ウォーカーなどで執筆。休みの日は温泉(特に秘湯)や銭湯、安くて美味しいレストラン、酒場を求めて旅に出ることが多い。店主やシェフと話すのも最近は楽しみ。