『アンダードッグ』 © 2020「アンダードッグ」製作委員会

『アンダードッグ』は映画館でお客さんと一緒に観る映画

俳優たちは、セリフや劇的な展開ではなく動きや立ち姿、そして背中で感情を観客に伝えていく。

「表情だけで上手に表現される方もいらっしゃるとは思うんですけど、僕は顔だけ切り取られるよりも全身で表現できる方がやりやすかったですね。最初は、晃はすごく無口だから、行動とかキャラクターにクセみたいなものをつけられないか考えたりもしたんですけど、結局、そういうものは見つからなかったし、そういう“寄る辺”みたいなものがない方が、しんどいけど、無口なりに相手によって自分の違う角度を見せることができるかもしれないと思ったんです」(森山)

黙々と働き、練習し、リングの上でしのぎを削る男たち。そこには説明はない、言葉で無駄な解説はしない。しかし、これまで人気を得たボクシング映画がすべてそうであるように、本作も観る者が彼らの背中を追い、試合の結果に関係なく、男たちの“勝ち負け”に想いをはせることができる作品になった。

「ラストの試合は、撮影に来てくれた1000人のエキストラの方の力が大きいですよね。実際に試合を観ているような熱があって、おのずと拍手が起こり、試合の結果に関係なく盛り上がってくれた。改めて"観客ってありがたいなぁ”と思いましたし、試合が終わった時に晃が何をするのか? そこをこの映画で一番見せなきゃいけないところだと思いました。あれはリングの上にいる晃ひとりではできることではなくて、対戦相手もいて、セコンドがいて、観客がいるからできることだと思うんですよね」(武監督)

「晃はかつてやったタイトルマッチに心と身体を置いてきたままになったいるわけですけど、その男が改めてボクシングに向き合う。それは現在の自分を確かめていく時間でもあったと思うんですよ。だから試合が結果がどうであれ、これまでは試合の“勝ち負け”に感情が動ききらなかった男が、その結果をちゃんと受け入れていく。いま自分自身が立っている位置をちゃんと見つめることができる。そんなイメージはありましたね」(森山)

リングの上の男たちと、不特定多数の人間が同じ空間に集い、双方の熱が伝播し合って高まっていく。この映画のクライマックスは、映画館で観ることでより熱が伝わるはずだ。

「東京国際映画祭で上映された時に客席の温度が少しずつ上がっていくのがわかったんですよ。そこで改めてこの映画は映画館でお客さんと一緒に観る映画だなと思いましたね。今回は試合を客席で観ている感覚になるように音の設計にもこだわったし、そういう撮り方もしたので、こういう状況ではあるんですけど映画館でみんなで観てもらえるとうれしいですよね」(武監督)

『アンダードッグ』前・後編
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