日経平均過去最高値更新! ようやくバブル期の亡霊から脱することができるか

3月4日、感慨深い出来事が起きた。日経平均株価が初めて4万円を突破したからだ。2月22日、日経平均株価は3万9098円68銭で引け、バブル期の1989年12月29日につけた過去最高値、3万8915円87銭を上回った。34年余りにわたって長年越えられなかった壁をやっと越えたわけだ。さらに3月4日には、史上初めて4万円台に到達。終値で4万109円23銭を記録した。ついに4万円台という未知の世界に突入したのだ。時はさかのぼって89年秋、日経平均はバブル経済のピークに向かって突き進んでいた。このころ、私はとある証券会社が発行する、顧客向け日記帳の編集を担当していた。記入欄が大部分を占める日記帳。楽な仕事かとおもいきや、欄外や巻末に、細々とコンテンツがびっしりとちりばめられ、数百ページの書籍編集に匹敵する、結構ホネの折れる仕事だった。株価の変動も大いに影響する。

90年版の制作で、最も頭を悩ませたのが日経平均株価の高騰だった。この日記帳、巻末の綴じ込み付録として、戦後から連綿と続く日経平均株価の月次推移グラフがついていた。日記帳らしく、毎月の動きを自ら書き入れていけるよう、1年分の書き込み欄もあった。幾重にも折りたたんで巻末に綴じ込み、ビロビロビロと広げて眺め書き込む、ふんどしのように長い株価グラフだ。そのグラフの上限が4万円だった。巻末グラフの製作にあたり、日経平均が4万円を超えるかどうか、さらには翌年以降4万円台で推移するかどうかは、極めて大きな問題だった。

今でこそグラフの作成はエクセル一発で済む。長期間のグラフであってもさして手間はかからない。しかし89年当時、書籍編集では写植(写真植字)が主流。編集の現場で使われていたのは、せいぜいワープロどまりだ。もちろんグラフの類も同様でアナログ作業の権化。印刷の原版「版下」は、デザイナーの「手描き」だった。日記帳は数十年の歴史があるものだったので、巻末グラフの制作の歴史もまた長かった。うなぎのタレのごとく、版下を毎年継ぎ足し継ぎ足しして使いまわしていた。なにせ40年にも渡る株価の月次推移のグラフだ。イチから作るとなると時間も労力もハンパない。

しかも、グラフのもとになる毎月の日経平均のデータは、担当者の交代などとともに散逸。新たに株価データを集めるためには、戦後40年にわたる日経平均のデータを、国会図書館にある新聞のマイクロフィルムを閲覧して書き写す、という途方もない作業が必要だった。とにかくグラフ化した版下がすべてだったのだ。今から思えば東証か日経新聞に直接問い合わせれば、データはもっと簡単に手に入ったかもしれないが、当時はそのようなしきたりになっていた。もちろんネットもない。英CERNで世界初のWebブラウザ「Mosaic」が開発されたのは、翌年の1990年。Windows95で日本にインターネットが普及しはじめるずっと前の話だ。今のように、チャチャっとネットで調べてデータを取得、なんてことは「夢物語」だった。

時あたかもバブル期の絶頂。六本木でなかなかタクシーが拾えず、嘘か真か1万円札に火をつけて振り、タクシーを止めたという噂が広まったのも、このころだったように記憶している。このままいけば日経平均は4万円を超えてしまうかもしれない。しかし、グラフを作り直す膨大な作業と、少なからず発生する追加の経費を前に、なかなか決断できない。1週間ほど悩んだのち「バブル景気の過熱度合いと株価の急上昇は異常だ。日経平均がこのまま4万円を超え、さらに上昇することはない」と根拠なく判断。半ばボロボロになった長期グラフの版下はそのまま流用することにした。89年の12月は、3万円台で終わるよう祈りながら大納会まで過ごした。証券会社の仕事をする身でありながら……。結局その後4万円に届くことはなかった。

日経平均株価は、構成銘柄の入れ替えも定期的に実施され、銘柄数も225と少なく、連続性に乏しいとの指摘もある。35年前と今の水準を単純に比較することはできない。とはいえ、4万円を突破したというのは一つの大きな出来事、としてとらえてさしつかえないだろう。バブル期の最高値を付けた89年、為替相場の終値は1ドル143円40銭。現在は150円前後で推移しており、当時よりも円安が進んでいる。為替の影響で割安感から外国人投資家を呼び込んでいることも、日経平均が史上最高値をつけた一つの要因だ。もちろんNISAなどの資金が入っていることも貢献しているだろう。

理由はどうあれ、株価の上昇は社会の空気を明るくする。もうバブル後最高値という、なんとも座りの悪い言葉を使わなくて済む。ようやくバブル期の亡霊から解き放たれた。今となってはグラフの再作成も株価データの入手も、バブルのころに比べればはるかに容易だ。日記帳の編集から外れて何十年も経つわけだが、今回は株価の上昇がバブルに終わらないよう祈りながら、市場をウォッチしていきたいと思う。(BCN・道越一郎)