千円でべろべーろになれるせんべろ酒場。
明るい時間から飲み始めるのが東京北区、赤羽ルール。
「あともう一杯」と言い続け、東口を八の字を描きながら連れ(30代男子ふたり)と
ふらふらよろけながら回遊する午後7時。
赤羽のおでん「丸健水産」のカウンターにはすでに渋滞ができている。



丸健水産はその昔、アーケード内のおでんダネ屋さんとしてスタートしている。
だから屋根はあるけど、れっきとしたオープンエア、
外の風がぶんぶん吹き込むおでん立ち飲みなのだ。
ゆっとくけど、最高気温5度とか6度とかのとんでもない真冬日だ。
にもかかわらず、おっさんもねえさんも、スーツも作業着も酔っ払いもしらふも
めいめいお皿を持って行儀よくカウンターに並ぶ。
湯気が立ち上るデカいおでん鍋の前で、陣取っている赤いバンダナ(絶対になぜか赤)と
イカしたピアスをしたアニキがここの名物マスターだ。
町のおでんダネ屋から、立ち飲み屋への革命を起こした張本人。
「まいど。お次は大根、はんぺん、スタミナ、こんにゃく、熱燗にハイボール。はいお待ち」
とリズミカルに言いながら、大鍋の中から太い菜箸で起用にネタを皿にのせて、
スープをすくい、からしを皿にぬりっとつける。
すると今度はのせたおでんダネを見ながら、「200円…350円…500円…はいよ、1200円ね!」
と念仏ロックを唱えるがごとく口頭暗算でお会計をする。これが、ものすごい早い。
どんな大盛りのおでんでも、ものすごい早い。
ちなみにおでんの短冊はあるけれど、値段がどこにも書いていないから、
のべ十数回以上通うも、じつは一つ一つの値段はわかっていない(のは私だけじゃないはずだ)。
客をさばきながら、奥の台所ではおばちゃんたちが絶え間なく巾着に餅をつめたり、
補充するスープを作ったり、まるで戦場さながらの忙しさだ。
そんなことはおかまいなしに、酔っぱらった父さんたちは、言い訳土産におでんダネを
あれこれと逡巡しながら買って帰ることを忘れない。
 
   

まずは何度食べても骨抜きにさせられるはんぺん。
それとピリっと辛く食べ応えのある練り物の「スタミナ」などを食べながら、今日の反省会をする。
はしご酒三軒目を越えると「反省」はない。
だいたいが、お前最高、俺も最高、そんなほめ殺し合いだ。
さて。どんなに通いつめていても、「盲点」がひそんでいるのが赤羽酒場の特徴だ。
隣のおっちゃんが熱燗の日本酒をほんの少し残して、「マスターこれ」とカップを差し出す。
「はいよ、大将割ねー!」と言うなり、おでん鍋のスープをすくい、ぶんと七味をふりかけパス。
「それは一体…なんですか」
隣にならんだよしみでおっちゃんにたずねると、
「これね、50ミリだけお酒をのこしとくの。スープ入れて飲むとうまいんだ」と満面の笑み。
おおお。連れと三人で声を上げて早速、熱燗一つ注文する。
ほかほかの熱燗が到着し、用心深く飲む。
日本酒のカップにメモリがついていたことを、今夜初めて私は知った。
「そこまで! ちゃんとメモリ見なよっ」という私は本気だ。

       
 

 












こうしてめでたく大将割りを前にし、まわし飲みを始めた。
なんというか、すごろくで言うと「あがり」みたいな多幸感がのどもとをあたためる。
出汁がしみわたるほどよい塩加減に唇に辛さが時々はじけ、
ポン酒のぬくもりが「もっともっと」と誘ってくる。
ふと、隣の男女(多分上司♂と部下♀。部下はちょっと美人だ)が、
「それはなんですか」と来た。
得意げに説明する我々三人。
「すごい、おいしそう~」と姉さん。
「や、まじであったまりますよ!」とボルテージがあがった連れが、
何を思ったか、自分がごくごくと飲んだそのカップを、姉さんのほうにぬっと突き出し、
「一口どーすか」と迫っている。
間接キッスの図々しさもはじける「あがり」の酒。

   

 

 










かくしてわがテーブル席は、今夜初めて会った方々と仲良く大将割りで乾杯し、
「おでん最高。マスター最高」とゴールの見えないほめ殺し大会後半戦に突入するのだった。
ちなみに、マスターの口調は”ロックっぽい”のではない。
真性ロックだ。
赤羽の4月といえば「馬鹿まつり」。
この盛大な祭りで、われらがマスターはロッカーに変身する。
真冬も春も、馬鹿なよっぱらいのハートをつかんではなさない、赤羽なのであった。


<今宵のお会計>
こんにゃく
はんぺん
スタミナ
大根など
ハイボール(缶)×2
熱燗×2 
合計1500円くらい(多分)

【店舗情報】
赤羽「
丸健水産」 
住所:東京都北区赤羽1−22−8
営業時間:10時~21時
第3水曜休

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。