2月14日はバレンタインデー。この時期にちなんで今回は恋愛要素の絡んだ漫画を紹介したい……が、ただ直球ど真ん中でラブコメ漫画を並べるのも芸がない。ストレートではなく変化球で“愛が重いヒロイン”たちの物語をお届けしよう。


■ツンデレ漫画の最前線『百舌谷さん逆上する』  

容姿端麗で知能も高い少女・百舌谷 小音(もずや こと)。転校先の小学校でも注目を浴びる存在となったが、彼女は生まれつき「ツンデレ」という重い病気を抱えていた。そんな小音になぜか惹かれていく同級生・番太郎。殴られ蹴られ罵られ、小音と番太郎の愛の行方やいかに……?

深いテーマ性と濃密なキャラクター描写でカルト的人気を誇る篠房氏が描く、変則(変態的?)ボーイミーツガール物語だ。萌え要素のひとつとして有名なツンデレ(普段はツンツンした態度だが特定の状況でデレて可愛くなる性格)だが、作中では「ヨーゼフ・ツンデレ博士型双極性パーソナリティ障害」という先天的な病気の一種に設定している。

ヒロインの小音は典型的なツンデレ患者であり、他人への好意が逆ベクトルに出てしまう。たとえば自分に優しくしてくれた家族やクラスメートに暴力を振るう、などである。自分がどれだけ厄介者か自覚している小音は、心を閉ざして周囲とコミュニケーションを取ろうとしない。小学生とは思えないほど精神が老成してしまった少女に、頭脳も見た目もダメダメな番太郎がどう関わって、どう変えていくのか。そこが大きな見どころだ。

こうして設定だけ並べるとシリアス一辺倒に思えてしまうが、読んでみると壮絶なギャグの連発で大いに笑える。とりわけ頑丈な肉体を生かして小音の責めに耐えているうち、いつしか「ドM」に目覚めていく番太郎の変貌っぷりは圧巻だ(フェチ的な意味で)。そしてゲラゲラ笑いながらぺージをめくると、またいきなり超重いシリアス展開……ジェットコースターのような激しい落差で読者の心を揺さぶってくれる。

歪んでもつれて絡まりまくる不器用な愛憎はどこにたどり着くのか。まるで先の読めない、大人向けの異色ラブコメである。単行本は現在7巻まで。
『百舌谷さん逆上する 1』  篠房六郎  講談社  550円


■戦慄のストーカー物語『座敷女』 

バイトに恋に明け暮れる大学生・ひろし。ある日、彼のアパートに一人の見知らぬ女が訪ねてくる。大柄で不気味な女はサチコと名乗り、ひろしの隣室の男に用があると言って協力を求めた。だがいつの間にか、サチコの興味はひろし本人に移動。その理由も分からないままひろしは追われ続け、理不尽な恐怖との戦いを強いられることになる。

『ドラゴンヘッド』で有名な望月氏による全1巻の短編ホラー作品。ひたすら平凡な青年が、ひたすら不可解な状況で、ひたすら女ストーカーに追われる“理不尽な恐怖”を描いている。

物語の中心にいるのはなんと言っても「サチコ」だ。高すぎる身長、白いコート、無造作な長髪、能面を縦に引き延ばしたような顔。それでいて人間離れした運動神経とタフネスを誇り、ストーカー行為に特化した知性の高さも持っている。こんな女がいきなりやってきて「私とあなたはきっとうまくいくと思うの」などと一方的に愛を告白されたら……そりゃ怖いさ。怖すぎるさ。

平穏な日々が少しずつ恐怖に浸食されていくシーンの描写は圧倒的で、いい年した大人の男でも読めばトラウマ確定といって差し支えないこの作品。それでも強くお勧めしたくなる日常系ホラーの傑作だ。
『座敷女』  望月峯太郎  講談社  560円


■完全無欠のヤンデレヒロイン『未来日記』 

ケータイに日記を書くだけが趣味の無気力少年・雪輝は、自分の空想がヒマ潰しで生み出した存在(神=デウス)から特殊なゲームを提案される。それは「未来が書かれるようになった日記の所有者12人によって互いを殺し合い、最後の1人が神の座を継げる」というもの。空想の産物が何を言うか…と半信半疑だった雪輝だったが、自分のケータイ日記が未来のことを予言しているのに気付く。そして襲い来る、他の“未来日記”の所有者たち。自分を慕う美少女・由乃とともに雪輝は激しいサバイバル戦を生き残れるか?

日常空間とファンタジーが入り交じった予知バトル。原作コミックは全12巻で完結しており、現在ちょうどTVアニメ版が放映されている。

本筋は少年漫画でありがちな「能力バトル」ものだが、設定が非常によく出来ている。雪輝のまわりに配置された未来日記所有者たちは互いの素性が分からないようにされており、目立った行動をとれば自分が所有者だとバレてしまう(=ターゲットにされやすい)ことになる。また、未来を予知できる日記は持ち歩いていれば自分の身を守る強力なツールになるが、同時にそれを破壊されれば自分も死んでしまうという最大の弱点に設定されている。このあたりの絶妙なジレンマを利用した騙し合い&駆け引きがたまらない。

そして何より、最初から最後まで物語のキーとなるのがクラスメートの由乃である。切れる頭脳と並外れた運動能力は『座敷女』のサチコと同等以上で、なにより顔もスタイルも抜群という超美少女。いわばミスパーフェクトだ。しかし、あっさり序盤で明かされるが彼女も未来日記の所有者。ある出来事から雪輝に異常なほどの愛情を抱くことになった彼女は、“ゲーム”の中でも雪輝を徹底的にサポートする。しかし彼女の価値観は「雪輝の生存と勝利がすべて」なので、まわりの人間は、たとえ雪輝の肉親でさえ雑草程度にしか考えていない。

ひと癖もふた癖もある日記所有者たちとの戦いで、雪輝は何度も選択を迫られる。それは「由乃を受け入れるかどうか?」。彼女を近くに置けば無敵の強さを発揮して敵との戦いが有利になる。だけど反面、自分の家族や友人は由乃に邪魔だと判断されたら殺されてしまう……。こっちのジレンマもなかなか強力だ。

作中では由乃をはじめ個性的なキャラクターの面々が、めまぐるしく敵味方の役割を変え、怒濤のラストに突き進んでいく。由乃のキャラ付けがあまりに強烈だが、ストーリーの魅せ方もすばらしい。多少のご都合主義など一切気にすることなく、ぐいぐい引き込まれていく。

ちなみに由乃のようなキャラクター属性はオタク用語で「ヤンデレ」と呼ばれる。ある相手への愛情(デレ)が強すぎるため、言動が病ん(ヤン)でしまった状態になるわけだ。扱いを間違えるとただの痛いキャラになってしまうが、えすの氏の巧みなストーリーテリングのおかげで近年まれに見る良質なヤンデレヒロインになったと言えるだろう。
『未来日記』  えすのサカエ  角川グループパブリッシング  567円


 ……以上、愛が重すぎる漫画を3つ紹介してきた。結果的に変化球どころかデッドボール級の破壊力をもった作品チョイスになったのはご愛敬。作品単体としての完成度もいずれ劣らず高レベルなため、読んでおいて損はない。 

パソコン誌の編集者を経てフリーランス。執筆範囲はエンタメから法律、IT、教育、裏社会、ソシャゲまで硬軟いろいろ。最近の関心はダイエット、アンチエイジング。ねこだいすき。