千円でべろべーろになれるせんべろ酒場。
ここは高円寺のガード下。
なんだが、ものすごい声がどこからか聞こえてくる。
猛獣みたいな絶叫。珍獣みたいなかけ声。
プリキュアみたいなアニメ声の「かんぱーい!」。
って、「プリキュア」はお酒飲まないか。
とにかく断末魔みたいなボイスがぐわんぐわんガード下に響きまくっている。
電車の音よりデカい声を出す。
そう、これが愛すべきJR中央線・高円寺の酔っ払いメンタリティである。
断末魔の顔を一目見たいという小さな欲望にかられ声をたどって歩いて行くと、
そこは意外なことに「四文屋」だった。
四文屋はチェーン店のイメージが強くてこれまでスルーしてきた。
しかし高円寺のそこは、私が知ってる四文屋とは何か違う。
ラーメン屋台に毛が生えたようなビニールテント。
3人も座れば満タンのカウンターに、ミニミニのテーブル席が4つ。
牛ステーキもカルビもアキレスもレバ刺しもコブクロ刺しもタンも、何もかもが200円らしい。
それも「赤字覚悟、どや~!」という鼻息の荒さは少しもなく、
あまりに淡々と記してあるのでしばらくその安さに気づかなかった。
ドリンクも日本酒や赤ワイン、焼酎&ウイスキーはいずれも200円(割りものの炭酸200円)。
一番高いのは生ビールと瓶ビールで400円。でも400円だ。
でもってお酒は濃ゆいし、ナマものも焼き物もちゃんとしている。
とくに牛ステーキは、レアで甘口のソースがかかりめちゃくちゃ旨い。




さて、8人ほどいるお客は何時から飲んでいるのかすでに多くが出来上がっている。
なかでもさっきから、反抗期の中坊がカンペンを授業中に落としまくるペースで、
コップをかしゃんかしゃんひっくり返している五人組のテーブルがある。
誰かが何かを落とすたび、プリキュア(二十代後半女子)が
「ダスターくださいッ!」と叫ぶ。(あくまで「プリキュア」は声だけです)
拭いたと思ったら、30代のニット帽男子が
「おっしゃんよう、千葉出身のおっしゃんなんかに、ニッポンの
士農工商制度の何がわかるってのよ」
と、隣の年長さんの肩を掴む。
おっしゃん。
話題のテーマは社会派だが、響きが可愛くて迫力にいまいち欠ける。
そして「千葉出身」は余計だ。
で、おっしゃんは「俺たち世代は俺たち世代で日本を盛り上げてきたんダー」的なことを
言いたいっぽいのだが肩をつかまれているので、ダーしかよく聞き取れない。
見かねた店員の兄ちゃんが、痩せた体をそこにすべりこませ収束に取りかかる。
するとまたプリキュアが、
「ダイジョブなんですっ。彼は俳優だからモンダイとか起こしたら
テレビとか出らんなくなっちゃうから、取っ組み合いにはならないんですっ」
とわかるようなわからないような理屈で懸命にかばう。
かばう合間にNHK大河のドラマ名と彼の芸名を絶叫する。
なんだファンか、おっかけか。
そこで隣のグループが、「ドラマ見た見た~」と言い、「かんぱ ~ い!」となる。
怒号が途切れたチャンスにハイボールと牛ステーキを急いで追加する我々。
にしても旨い。軽くあぶったレバ刺しも肉厚なタンも旨い。

   

我々が「賑やかだね」「美味しいね」のほぼ二言のみの会話で、
コンスタントに皿を空ける最中も、かしゃんかしゃん皿やコップが落っこち続けている。
完全に店長以下、笑顔がかたまりはじめているが、
隣席を合併することに成功したプリキュアのハッスルは、もはや誰も止められない。
「私フリーターなんですっ、池袋線沿いに住んでるんですっ」
と張り切って自己紹介をしている。誰かが何のバイトしてるの?と一応聞くと、
「じ•つ•はっ! 四文屋チェーンなんですぅ」
なんだ、キミも四文屋一味か!?
その瞬間、店長は奥から何やら名簿をひっぱり出した。
「どこ、どこの店舗! だったら店長は○○さんだな…」
「私がいる四文屋もいいお店なんですよぉ」
「○○店長にぜひ宜しくお伝えください」
というこちらの店長のプレッシャーはプリキュアには何の効果ももたらさず、
怒号と乾杯が交錯する宴は続いたのだった。
しかし最終的に一番驚いたのは、皆がばらばらに帰って行ったこと。
プリキュアも大河俳優も千葉のおっしゃんも全員今夜が初対面だったという真実。
「初めましてなんですよぉ。さっき会ったばっかしっ」とプリキュア。
思想も職業も年齢もてんでばらばら。
なのにあえて互いの生き様をえぐり合い混じり合って飲む。
まるで劇場。大河よりヘビーだ。
したたか肉を食べたのに、帰りにラーメン屋を探してしまう我々だった。


<今宵のお勘定>
席代 100円×2
コブクロ 200円
レバ刺し 200円
牛ステーキ 200円×2
タン 200円
アキレス腱 200円
ハイボール 400円×2
ハイボール中 200円×2
瓶ビール 400円×2
二人で合計3400円

 【店舗情報】 
高円寺「四文屋 高円寺ガード下店」
住所:東京都杉並区高円寺南3-69
営業時間:15時~24時
無休
 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。