【保存版】食通の文豪「池波正太郎」が愛した“横浜の味”は? 名店めぐり徹底レポ!

戦後を代表する作家、池波正太郎。食通だった彼が愛した「横浜の名店」について、横浜のマニアックな情報をお届けしている「はまれぽ」が調査しました!

グルメだった池波正太郎さんが愛した横浜のお店を調査願います。(brooksさん)、
池波正太郎が愛した餃子が、中華街の関帝廟通りにあると聞きました。どんな餃子が待ってるの?(bjさん)

※本記事は2015年2月の「はまれぽ」記事を再掲載したものです。

戦後を代表する時代小説作家、池波正太郎。

多くの代表作があるが、そのいずれも食に関する描写が秀逸で、食に関する場面だけを抜き出してまとめた書籍が販売されているほどである。

これほど見事な描写ができた理由のひとつに、池波氏が食通であったことが挙げられる。池波氏は日本全国、はたまた世界の各地に足を延ばしてさまざまな料理を食し、その経験を多くのエッセイとして残している。そんな池波氏が食べ歩いた多くの場所の中には、もちろんわが街横浜も含まれている。

本日は、池波氏が愛した横浜の味をいくつか巡ってみよう。

時代小説作家・池波正太郎

東京都台東区浅草にある池波正太郎生誕地碑
池波正太郎氏
池波正太郎氏の作品。左から『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』

池波正太郎氏は1923(大正12)年東京都浅草区(現在の東京都台東区)生まれ。新国劇の脚本・演出家として活動しながら小説を執筆し、1960(昭和35)年に『錯乱』で直木賞を受賞。その後は作家業に専念し、何度も映画化やドラマ化された『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』など多くの作品を執筆した、戦後を代表する時代小説作家である。

また池波氏は食通としても広く知られ、食に関する多くのエッセイを残している。

池波正太郎氏が記した、食に関するエッセイの数々

今回はこれらのエッセイの中から、横浜で池波氏が好んで通った店を2つ紹介していこう。

中華街の餃子の名店

池波氏のエッセイ『むかしの味』

まずは投稿にあった『むかしの味』の中で紹介されている、中華街にある北京料理の店「蓬莱閣(ほうらいかく)」の水餃子などを紹介しよう。

中華街・関帝廟通りにある北京料理店「蓬莱閣」

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