連載がはじまった頃、編集者の佐渡島さんは同作ヒットのため読者アンケートを分析。その結果読者の7割が男性だということが判明しました。しかし、これは世の中の流れに逆らっているもの。というのも、当時ヒットしている漫画作品は「読者の7割が女性」となっていたのです。

例えば、『聖☆おにいさん』は、女性読者が8割をしめるほどでした。実は書店の漫画コーナーに足を運ぶのは、男性より女性の方が多いようで、この女性陣を確保しないと、漫画界ではなかなかヒットしない仕組みになっていたのです。

ただ、同作のテーマは「宇宙」。なかなか女性とはマッチしにくいものには違いありません。

この漫画をヒットさせるために編集者の佐渡島さんは考えました。当時の同作の売れ行きは3,4万部ほどでしたが、「世の中の1000~2000人くらいの女性が手に取るようになったら、“読者層の流れが変わる”。女性読者が増えると同作がヒットする」のではと、仮説をたてたのです。

しかし、どのようにして女性に宇宙をテーマにした漫画を読ませましょう。皆さんなら、どうしますか?

ここで佐渡島さんは美容室に目を付けました。美容室での会話は、最近のおすすめの音楽映画、本といった話題になりがち。そこで美容師さんからオススメの漫画の話をしてもらったら……。

「気に入って通っている美容室ですから、そこの店員からレコメンドされると読みたくなるのでは」という考え方です。また、佐渡島さんの馴染みの美容師に聞いたところ、そのお店の来客は1日18人ほど。1~2カ月に1度、美容室に訪れることを考えると、ちょうど1000~2000人ほどのお客さんがいることがわかりました。

「女性読者を増やすために、美容室から火をつける」

宇宙とまったくかけ離れたプロモーションではありますが、佐渡島さんは早速、実行に移しました。売れる前の漫画ですので宣伝費はほとんどありません。活用できるものは20万円程度。佐渡島さんはその宣伝費を使い、『宇宙兄弟』の1,2巻を首都圏の美容室に送付。もちろん全ての美容室に送ることはできず、約400店舗にしか送れませんでした(東京の美容室数は約2万軒。2014年)。

そこで、「ぼくが5年間かけて育てた新人の描いたマンガです。お店の雰囲気もあるでしょうから店舗に置けないかもしれませんが、休憩のお時間にでも、ぜひ読んでみてください。そして、もしも心に響くものがあったら、お客さんにこのマンガのことを話していただければ幸いです」といった丁寧な手紙をつけたのです。

通常の宣伝方法は、書店に販促物を送ることが多いものですが、佐渡島さんの場合は美容室に手紙付きの漫画を送るというもの。通常は考えられないことです。