気鋭の小説家として知られる樋口毅宏さんは2歳児のパパ。妻の三輪記子さんはタレント弁護士として大忙しで、樋口さんが創作活動と主夫の二足の草鞋を履く毎日です。
エッセイ集『おっぱいがほしい!』を書いた樋口さんに「親子を取り巻く社会」について聞きました!
パパになって気付いた「見えないバリア」!ベビーカーの大きさが国の〇〇〇を表す?
――男の育児日記『おっぱいがほしい!』では【前編】で語っていただいたように、セキララかつ愛情たっぷりに育児や夫婦生活について綴っていらっしゃいます。
その一方で、樋口さんご自身がお子さんを持つまでは「見えなかった」「気付かなかった」ことについても「こんな世の中、おかしいよ?」と声をあげられているのが印象的でした。
樋口毅宏さん(以下、樋口):例えば外食に行くとしても、こっちが何にも言っていないのに、子どもがいると分かると落としても割れないちっちゃいお皿と、プラスチックのスプーンを用意してくれたりするお店がありますよね。
そうすると「アァ!ここはいいお店だ!」って、ほんッと思いますねぇ(笑)
でも、こういう感情も・・・親になってから初めて抱きました。
以前はこんなこと、分かんなかったですもん。
妻ともよく話しているんですけど、自分が親になって分かったことは数知れないですねぇ。
それこそ子連れで出かける時の電車の乗り換えひとつ取ってみても、いろんな駅で「エッ!この2~3段の階段、必要?」とか。
そのためにわざわざ子どもを抱っこし直して、またベビーカーを降ろして。
スロープやエレベーターがあったら、ほんと助かるわけですよね。
いままで自分はひとりで普通に階段も登ったりしていたけど、「あ、エレベーターってこんなに遠いところにあったんだ!」とか。
地下鉄から改札へ上がる時でも、目的地はあっちの方なのに、あんなに遠いところから、ずーっと迂回して行かなくちゃならないんだとか、ようやく気が付いた。
車椅子の人は、いつもこうやってわざわざ遠回りに遠回りを重ねて、電車に乗るんでも駅員が帯同していたりとか、ひとりで気ままに行動もしたいのに、それもできないのかって。
こんな風に不自由な思いをして、イヤな気分を味わっているのか。
こういうことに、自分はこれまで気付かずにいたことに「ああ、すまなかったなぁ」って気持ちになりますよね。
外食の話に戻りますけど、以前は自分ひとりで、または妻と二人で気ままにごはんを食べに行っていたのに、いまは「小さい子がいるんですけど、いいですか」って電話をかけてから出かけています。
小さい子、小学生未満の子はお断りというお店が、意外と多いことも知らなかった。
「あんなに気さくなワイワイ騒げる店でも、子どもの入店は禁止だったんだー」とか、親になってから気付いたことばかりですねぇ。
――当事者にならないと分からない部分って、あるのかもしれません。
樋口:ほんと、分かんなかったですよねぇ。
僕は両親の家業が忙しかったこともあって母方の祖父母に育てられたので、これまでも電車やバスの中では、お年寄りには席を譲っていたんです。
でも妊婦の方には、ほんッと申し訳ないんですけど、席を譲るっていう発想がまるでなかった。いまでこそ、お腹が大きい人を見かけると「あ、どうぞ」っていう風になりましたけど。
友だちとかでも、結婚祝いには「何が欲しい?」って聞いたりしてプレゼントを贈ったりしていましたけど、出産祝いはあまりしてこなかった。言い訳になっちゃいますけど、何を贈ったらいいか分からなかったんです。想像ができなかった。
街を歩いていても「あれ?こんなに世の中ってちっちゃい子が多かった?」「乳母車を押しているお父さんって多かった?」「妊婦増えた?」って思うようになって。
でも、コレも違いますよね。いままで、視界に入っていたけど、目に入れていなかっただけ・・・
もうほんと、深く反省です。
「その国の文化の“成熟度”は、乳母車の大きさと、電車やバスに持ち込んでも畳まないで乗れるかどうかで測れる」という話を聞いたことがあるんですが。
そう考えると、日本はどうなんだろうと・・・そんな風に思うようになりましたねぇ。
――『おっぱいがほしい!』には、赤ちゃんを抱っこして新幹線に乗った時の体験談も書かれています。
樋口:当時住んでいた京都から、東京まで新幹線に乗せた時のエピソードですね。
息子を連れて、抱っこしてね。抱っこしながら、あやして、新幹線の車内をグルグル歩き回ったりして。
――その時の、周りの反応はいかがでしたか。