――番組が始まった96年のヴィジュアル系シーンはどういう状況だったんでしょうか?

浅井:よく覚えているのが、番組が始まった10月にL'Arc~en~Cielの『flower』がリリースされて、X JAPANの『DAHLIA』が11月、hideさんのソロアルバム『PSYENCE』も9月に出てたんですよね。黒夢の『FAKE STAR』も96年の春ですし。

それより少し以前は、たとえば「ロッキンf」の表紙といえばXJAPANかLUNA SEAという時代だったんですよ。その2バンドだけが目立ってる時期がしばらく続いていたところに、黒夢とL'Arc~en~CielとGLAYがものすごい勢いで売れ始めたのがちょうど96年という感じだったんですよ。

たまたまその時期に番組が始まって、一緒に仕事をするようになった結果、ブレイク前からどのバンドも僕が目をつけてた的な風潮が出来上がり…(笑)。僕は勝ち馬に乗っかっただけだっていう説もあるんだけど(笑)。運良くそのシーンがすごく盛り上がったので、僕の番組自体もすごい影響力を持つようになって。自分が応援してるアーティストが次々にブレイクして活躍していく様子がとても楽しかったですね。

――その翌年の97年には「ヴィジュアル系」が流行語になるほどのブームが起きましたが、それも00年以降急速に収束していきました。

浅井:ブームが去った時期はあって、yasu君(JanneDaArc・Acid Black Cherry)の言葉を借りれば「ヴィジュアル系氷河期」があったわけですけど…。まぁおそらくbaroque、蜉蝣やムックが出てきた時期っていうのは一番ヴィジュアル系文化が世間的に見たら厳しかった時代だったと思うんですね。

――その分、彼らのファンはすごくコアというか、熱狂的でしたよね。

浅井:要は社会全体の中におけるヴィジュアル系が「何か終わったね」感がすごくあって。だからその時期に頑張ってたcali≠gariやPsycho le Cemuのような世代のバンドたちが功績はむしろすごく大きかったなと僕は思っていて。彼らがいたからその後の「ネオヴィジュアル系」みたいなブームが呼び込めたと思ってるんです。ただその時点では「ネオヴィジュアル系」みたいな流れが数年後に台頭してくるとは当時の僕は全然思ってなかったんですよね。

――ネオヴィジュアル系ブームのきっかけは何だと思いますか?

浅井:正直僕にもそれはよくわからない。正直いつの間にかそうなってましたとしか。ヴィジュアル系は海外での評価が高いっていうことにちょっと引っ張られた部分はあるかもしれないですね。

――00年前後からヴィジュアル系バンドは海外のイベントに呼ばれるようになってはいましたが、「海外で人気がある」という報道が国内でされるようになったのは00年代中盤くらいからですね。

浅井:たとえば海外に旅行や取材に行った知り合いに「今何がアツいねん?」って聞いたら「これこれ、コレ今めっちゃ売れてるよ!」と、DIR EN GREYを指されて。「DIR EN GREY!?」みたいな。

そういう意味ではDIR EN GREY が一番ブレずに自分たちのやりたい方向性でやっていった結果、海外でも評価されて、彼らに憧れてやってるバンドが今メインストリームにいることを考えると、90年代後期のヴィジュアル系のムーブメントをXJAPANとLUNA SEAが築き上げたんだとすれば、00年代以降の、今のシーンを築き上げたのはDIR EN GREYなのかなという風には思ってますけどね。

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