【酒場】“聖地”赤羽「いこい」の素敵なオススメ力

せんべろの聖地、赤羽。創業半世紀の「立ち飲みいこい」に集うお客さんと店員の愛すべき人間模様。

せんべろ酒場とは、“千円でべろんべろーん”と酔える居酒屋のこと。

今は亡き、中島らも師匠がその名付け親。
お酒一杯三百円以下当たり前。
おつまみ一皿三百円以下当たり前。
千円あれば酔っぱらいパラダイスに行ける
そんなスバラシキ酒場を今夜ももとめて“せんべらー”はゆく。 

せんべろの聖地、赤羽。
創業半世紀の「立ち飲みいこい」では“せんべらー”として多くを学んだ。

モツをさばく若いスタッフの傍らで、大将が煮込みの大鍋をぐるんぐるんかき回し、
矢継ぎ早に入る注文にまったく無駄のない動きで会計をし、
おばちゃんらが大量に作る総菜の小皿を並べ、
「おかわり!」と声がかかれば焼酎をコップにじゃぶじゃぶ注ぐ。
その大将の動きはまるで体操選手ばりのしなやかさ。

年中、ゴム長に白Tシャツの大将。素肌(というか乳首)がすけて見えるのも
プリティだった。

小銭をちまちま出していると、隣のお客に「こういうとこでケチケチすんな」
とどやされたし、混んでくれば斜め立ちで皆譲り合いながら飲むことも覚えた。
机の上には常に千円札をスタンバイが流儀だ。
料理も酒も100円台から。せんべろどころかワンコインべろ。
客はもりもり食べもくもく飲み、立ってられなくなる前に速やかに退散。
まさにアジアの最果ての桃源郷だ。
そんな「いこい」が1年ほど前に近くに移転しリニューアルした。

なんと正面はオープンテラス。冬場はビニールで囲われるが樽テーブルまである。
店員はお揃いの「いこい」デザインTシャツを着こなしている。
オ、オシャレになってしまった…。
小さな落胆を感じつつも、やはり私は通い続けている。

じゃっかん値上がりしたものもあるが、マカロニかポテトから選べる
「自家製サラダ」はやっぱり110円だし、
ナンコツの歯ごたえと甘辛バランスが素晴らしい「自家製チャーシュー」は130円。
ハイボールは180円に、なんといってもビールの赤星(大瓶)が390円って、
どこで利益を出しているのか心配でたまらない。
改装しようとそのせんべろマインドに一切のブレなし! 

というわけで、今夜もここへ。
キレイ系の元気なお姉さんに「ひとりーっ?」と聞かれる。
ひとりならカウンターだ。カウンターは目の前に並ぶ総菜を見ながら選べるという楽しみがある。
「あとでツレが来ます」と言うと、定員8名くらいのテーブル席に通された。

一杯目の生ビールを頼みつつ、「今日のおすすめは?」とお姉さんに聞くと、黒板を見ずして、
「お刺身ならマグロにサンマ、ブリ、イワシ。煮魚はカレイがおいしいよ」と一気に言う。
親しすぎず遠すぎず、ツンとデレがビミョウに混じったフレンドリー。
テンポに飲まれてマグロとサンマの刺身各130円を頼む。

つづいてマカロニサラダを頼むと、
「トマトもあるよ」とお姉さん。まるごと一個トマトが塩を振られた状態で登場する。
私は根っからの魚好きだ(それも生もの)。
それに冷やしトマトも欠かせない。
まるで好みを見透かしたかのような「オススメ」っぷりだ。

ふと、テーブルで隣合わせた男性三人組の一番年長らしきおっちゃんが声をかけてきた。
「この人46歳なんだよ、見えないよねえ」
隣を見ると、渡辺正行似の男が私の判定を待っている。
見えなくもないが「見えないですね」と答えたのが始まりだった。

渡辺正行は、いやあ嬉しいねえ!と連発する。
「何か御馳走するよ」と言ってきかない。
私が新作のレモンシャーベット(焼酎が凍っているレモンサワーだ)を注文すると、
運んで来たお姉さんに「会計はこっちから取って!」とむきになっている。

先刻のお姉さんは、ツン顔で隣から会計を受け取ると無言で去って行った。
私じゃないよ、私からねだったんじゃないよ! と彼女の背中に訴える。
お店の人から愛されるお客でありたい。
それが「いこい」ファンの切なる願いだ。

「どこから来たの」「よく来るの」「おから食べる?」とおっちゃんトリオのグルーブに流される格好で、
私はツレを待ちながら飲み続けた。

一番の年長のおっちゃんが、「ボクはもう還暦なんだけどね、ここはお袋の味なの。
あんたからしたらおばあちゃんの味だろうけど。煮魚もおからも揚げ物も。
あ、野菜天食べた!? 揚げたては絶品よ」などと話す。

一方、渡辺正行ともうひとりは最近気になっているユウカだかマユミだか(キャバ嬢?)の話に夢中だ。

一同トークはまったく噛み合わぬが、酒だけはどんどこ飲む。

「お姉さんのツレなかなか来ないねえ」と心配されながら、こちらも飲む。
「今無職で年金4万円しか貰えないのよ。だからもう『いこい』命!」とお財布事情を語り出すのは年長さんだ。
どうやら渡辺正行とはたまたま隣り合わせただけらしい。

4万スか…。「そうよ、あんたも三十年後には考えなきゃいけないよ」
そんなしょっぱい話をよそに、渡辺正行は「じゃ、またね! 今からコレ(小指)んとこ行くからさ」
そう言って、嵐のように去って行った。

しばらくしてようやくツレが現れた。小柄の彼が飲み物を注文すると、お店のお姉さんは言った。

「やきとん食べる?」「揚げ物ならキス天とか野菜天とかあるよ」
彼は根っからの肉好きの油好き。なぜわかる。
素晴らしいオススメ力というか、洞察力?
滞在1時間ちょい。ふたりで二千円行かずにほろ酔いにてごちそうまでベロ!

  

 <この日のお会計(ふたり分)>
まぐろ刺し130円
さんま刺し130円
野菜天110円(多分)
自家製チャーシュー130円
カレイの煮付け200円
ビール大瓶390円
生ビール380円
シャーベット黒ホッピー380円
焼酎ハイボール180円
合計1,920円

<知らない人からのごち分>
レモンシャーベット260円
自家製サラダ110円

【店舗情報】
赤羽「立ち飲み いこい」
住所:東京都北区赤羽南1−5−7 クレアシオン赤羽ビル1F
営業時間:7時~22時(月~土)、7時~16時(日)、7時~21時半(祝)、不定休 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。

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