【日高彰の業界を斬る・28】昨年から今年にかけて、日本国内でもニュースにならない日がないほど勢いがあるQRコード決済。各社が加盟店向けの「決済手数料無料」をアピールし、政府が中小店舗でのQRコード決済に税制優遇という報道が出るなど、キャッシュレス化が国を挙げた動きになろうとしている。ここ数年、「中国では何でもスマホのQRコードで払えてすごい」という声が聞かれることが多かったが、いよいよ我が国もそういう時代に突入しようとしているのだろうか。 中小規模の店舗で、クレジットカードや電子マネーなど従来のキャッシュレス決済手段が普及しなかった理由として、最初に必要となる決済端末の導入費用と、決済1回ごとに引かれる手数料が挙げられている。飲食や小売といった業態ではギリギリの粗利でなんとか経営を続けている店は多い。決済事業者がいくら「キャッシュレス導入でより多くの顧客獲得を!」と勧誘したところで、余計なコストは1円でもかけたくないという店側の心理は想像に難くない。

これに対して、QRコード決済はスマートフォンやタブレット、あるいは紙に印刷したQRコードなどを店舗に設置すればいいので、専用の高価な決済端末は不要。後者の決済手数料については、LINE Payがアプリ上でコード決済を利用した場合に限り3年間無料とすることを発表したほか、ソフトバンク・ヤフーが今秋サービス開始するPayPayも同様の方針を打ち出している。税制優遇措置も加われば、店舗における費用面でのデメリットは限りなくゼロに近づくだろう(ただし、いずれも時限措置である)。

爆買いブームが過ぎ去ったとはいえ、インバウンド消費額は現在も右肩上がりを続けており、中小店舗の経営者の間でも「いつまでも“キャッシュオンリー”ではいられない」という考えはじわじわと浸透している。各事業者や政府の導入コスト削減策が、QRコード決済普及で一定の追い風になることは間違いないだろう。

使ってみると意外に手間

ただ、使える店が少々増えたところで、QRコード決済が日本社会に本当に根付くのかは未知数だ。

決済サービスのPRをみていると、「簡単に払える」ことを強調するものが多い。しかし実際に使ってみると、難しいというほどではないものの、必ずしも簡単手間いらずではないことがわかる。

ほとんどのサービスでは、QRコードで支払うためには次のようなステップを踏む。

・スマートフォンを取り出す

・パスコード入力や指紋認証で画面ロックを解除する

・アプリを起動する

・アプリ内のメニューからQRコード決済を選択する

・QRコードが表示されるので、店員に提示して決済を完了する

ひとつひとつの操作はたいして時間のかかるものではない。しかし、取り出してから支払いが完了するまで、早くても7~8秒程度、手間取ると数十秒を要してしまうことがある。指紋が読み取れずにパスコードを再入力したり、たまたまネットワークが混んでいてQRコードが表示されるまで待たされたりすると、それがわずか数秒のタイムラグだったとしても、意外にストレスに感じるものだ。

これが、交通系ICカードなど従来のカード型電子マネーであれば、カードを取り出してかざすだけなので非常に簡単だ。「おサイフケータイ」や「Apple Pay」も、最初の設定は少しやっかいだが、支払いの度に個別アプリを立ち上げる必要ないので、決済自体はスムーズに行える。

既にスマートフォンによる決済を使いこなしている高リテラシー層にとっては、QRコード決済は後発にもかかわらず利便性に劣るものと感じられるだろうし、逆に、デジタル機器が得意ではなく、支払いも現金中心というユーザーは、わざわざ仕組みや操作方法を学んでまでQRコード決済を使いたいとは思わないだろう。

中国でQRコード決済が普及した理由は多くの人が分析しているが、導入コストが安かったことや、現金の利便性や信頼性が低い割にクレジットカードも一般的ではなかったことなど、店舗経営者にとってQRコードが非常に魅力的な決済手段だったことが挙げられている。

消費者側の事情としては、ちょうどスマートフォンが急速に普及し、モバイル向けのサービスが爆発的に拡大する時期にQRコード決済が登場したことがあるが、それに加えて、例えばAlipayはアカウントに入金した金額を預金のように扱える機能を搭載しており、お金を銀行に預けるくらいなら、Alipayのアカウントに入れる(実際の手続きとしては金融商品を購入している)ほうが、はるかに大きな利回りが得られていた。

このように、店側にも消費者側にもわかりやすいメリット、具体的に言えば「使えば使うほど儲かる」仕組みがあったからこそ、QRコード決済が普及したという背景は見逃せない。それに比べて日本で今話題となっているキャッシュレス化は、消費者ニーズから離れたところで「QRありき」の議論が進んでいるように見えてならない。

日本社会の効率化には必要だが……

もちろん、キャッシュレス化を推進する大義名分はいくつもある。

消費者にとって現金は、手数料もアカウント管理の手間もなく、一番便利で確実な決済手段に思えるが、社会全体としては見えないところで莫大なコストがかかっている。例えば、銀行だけを考えても、現金輸送やATMの設置・運用には多額の費用がつぎこまれている。

身の回りの小さなお店においても、釣銭の用意、数時間ごとのレジ点検、売上金の管理・入金はかなりの手間だ。顧客との間で手渡しで現金をやりとりすれば、その1回1回すべてについてミスが発生する可能性をゼロにはできない。レジの中身と伝票の金額が合わず、閉店後も深夜まで帳面とにらめっこを続けている店舗経営者の姿を見ることは少なくない。現金決済が完全になくなることはあり得ないが、その金額や回数を減らしていけば、日本社会で発生している無駄な仕事や費用を大幅に削減できる可能性はある。

一方で、さまざまな決済手段のなかでも、現金は最も“足がつきにくい”ものだ。ビットコインなどの仮想通貨は匿名性が高いと言われることもあるが、少なくとも仮想通貨はブロックチェーンを通じてお金の流れ自体は追跡可能で、それを現金と交換するところを押さえられるか否かが問題となる。しかし、お札や硬貨は人から人へ直接手渡される限り、それがどのような経路をたどってきたかを正確に特定することは不可能だ。タンスにしまいこまれれば、誰がいくら持っているかを知ることもできない。このため、脱税や犯罪を企てる輩にとって、現金は今でも非常に便利なツールとなっている。

政府がキャッシュレス化にこれだけ傾倒するのは、お金の流れを完全に管理したいという意向があるのではないか。もちろん、公正な社会の実現は推進すべきだが、“取りっぱぐれ”を減らしたいお上の都合のために、一般市民は使い慣れた現金よりもQRコードを使ってくれ、というのもおかしな話だ。

QRコード決済事業者の競争が激化したことで、店側の導入ハードルは下がった。しかし、ユーザーにとって魅力的なサービスでなければ、社会の仕組みとして定着することはない。事業者や政府には、「中国ではこれだけ普及している」ではなく、日本の消費者にとってのQRコード決済のメリットをわかりやすく示してほしい。(BCN・日高 彰)

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