脚本家の市川森一が亡くなった。あまりにも急なことだったので、かなりびっくりしてしまった。新聞のインタビューで山田太一が「後を任せる気持ちでいたので、とても寂しい」と答えていたが、本当にまだ早すぎたと思う。

市川森一は円谷プロの特撮番組でデビューした人で、1960年代から70年代にかけては『快獣ブースカ』『ウルトラセブン』『帰ってきたウルトラマン』『ウルトラマンA』などで脚本を書いていた。この中ではやはり『ウルトラセブン』での脚本参加が一般的には有名だろうか。市川森一は全49話中、7話しか書いていないが、ウルトラシリーズの中でも人気・質ともに高い作品なので、よく知られていると思う。

1993年には、NHKで市川森一脚本による『私が愛したウルトラセブン』というドラマも放送されている。『ウルトラセブン』が制作されていた当時のエピソードを元にしたフィクションだが、森次晃嗣(モロボシ・ダン)、ひし美ゆり子(アンヌ隊員)、脚本家の上原正三、金城哲夫、監督の満田かずほなどが実名で登場していた。ちなみに、森次晃嗣役は松村雄基、ひし美ゆり子役は田村英里子、上原正三役は仲村トオル、金城哲夫役は佐野史郎、満田かずほ役は塩見三省。市川森一役だけが石川新一という名前に変えてあって、香川照之が演じていた。

このドラマで印象に残っているのは、沖縄出身である脚本家・上原正三と金城哲夫の想いだ。まだ差別が残っていた時代、彼らがどんな想いを込めてウルトラシリーズの脚本を書いていたのか。それが市川森一(石川新一)の目を通して描かれていて、脚本という側面から見たウルトラシリーズの真実を知る上で非常に興味深い。上原正三脚本の未製作作品「300年間の復讐」もこの中で一部が映像化されているので、ウルトラシリーズが好きでまだこのドラマを見ていない人は、一度見てみてはいかがだろうか。

   




私が愛したウルトラセブン

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市川森一が大人向けのドラマを書くようになってからの代表作は、『港町純情シネマ(1980年・TBS系)』、『淋しいのはお前だけじゃない(1982年・TBS系)』、『もどり橋(1988年・NHK)』、『幽婚(1998年・TBS系)』など、挙げればキリがない。あまり知られていないかもしれないが、『黄色い涙(1974年・NHK)』、『親戚たち(1985年、フジテレビ系)』などの名作もある。

ただ、あまりドラマに詳しくない人でも知っているという範囲で言えば、やはり1974年から75年にかけて日本テレビ系で放送された『傷だらけの天使』が有名だろう。関東地区ではつい先日までテレビ神奈川で再放送されていて、BS日テレでは現在も毎週金曜の18時から放送されている(12月23日は第11話)。萩原健一が演じた修と水谷豊が演じた亨のモノマネは今でもする人がいるので、リアルタイムで見ていない世代の人も知っているんじゃないだろうか。当時33歳だった市川森一はこのドラマでメインライターを務め、全26話中、10話の脚本を書いている。

『傷だらけの天使』は、探偵事務所の調査員の仕事で何とか食べている小暮修(萩原健一)と乾亨(水谷豊)を主人公にしたドラマで、世の中の片隅で這いつくばって生きている者たちの怒りと挫折を描いた作品。ある意味、救いがないのだが、その中に人間の優しさや強さ、ひたむきさが描かれていて、今の時代に見ても沁みるものがある。

市川森一が脚本を担当した回でいくつか振り返ってみよう。まず第3話「ヌードダンサーに愛の炎を」。ゲストは中山麻理と室田日出男で、監督は深作欣二だ。

修と亨は、家出した財閥の令嬢・マリ(中山麻理)を連れ戻すためにストリップ劇場に潜入。マリはヌードダンサーになっていて、元ヤクザの忠(室田日出男)というヒモもいた。マリと忠の関係や、今でも義理と人情を守る忠に感情移入した修と亨は、探偵事務所の指示を無視して独自の行動を始める。

そんな時、修は義理を通してかつての兄弟分と戦いに行くに忠に同行。そこで忠は刺されて死んでしまう。じつは、そのいさかいは、マリを家に帰すために探偵事務所の辰巳(岸田森)がお膳立てしたものだった。しかも、辰巳はマリの情報を別のヤクザ組織に売ることまで画策。それを知った修は、マリのヌード写真などを体を張って焼却する。

マリは忠の死後、修や亨に一緒にどこかへ行こうと誘い、2人も忠の代わりになろうとその気になる。ところが、結局、マリはひとりでさっさと家に帰ってしまう。家出は長い夢だったと父親に語って……。

この話は、やはりマリがブルジョワだというところがポイントか。修や亨の価値観は、マリとは決して重なることがない。

第7話「自動車泥棒にラブソングを」は、川口晶がゲストで、監督は恩地日出夫。

保険会社からの依頼で自動車泥棒の組織を調査中に、修は組織につかまってしまう。ところが、探偵事務所の社長・綾部(岸田今日子)は、組織のことを保険会社へ報告しないかわりに、組織から1億円をもらおうと取引。修のことは好きにしてくれと言う。

綾部に裏切られたと思った修は亨の助けで逃げ出し、1億円を運ぼうとしていた組織のボスの女(川口晶)と一緒に逃げることにする。しかし、3人には行く所がない。田舎に帰ってやり直すと言う女を、修と亨は送っていくが、結局、修と亨は連れ戻され、女も組織に殺されてしまう。

都会で一旗揚げようと田舎を飛び出したものの、自動車泥棒の女にしかなれず、やっと田舎でやり直そうと帰る決意をしても、最期は無残に殺されてしまう。哀しくて、せつなくて、個人的には最終回とともに印象に残っている話だ。

そして、有名な最終回「祭りのあとにさすらいの日々を」は、工藤栄一監督作品。

ある日、修が事務所に来ると、事務所はもぬけの殻。じつは、密かに公共事業の利権問題にも関与していた綾部の事務所に警察の手入れがあり、その前に事務所のメンバーは逃げ出していたのだ。置いてきぼりをくらった修。亨とも連絡が取れない。ただ、亨はあてにならない探偵の仕事に見切りをつけ、ゲイバーでアトラクションボーイをしていただけだった。

亨が新しい仕事のことを修に黙っていたのは、早くお金を貯めて、修と修の息子・健太と一緒に静かな土地へ行き、3人で暮らしたいと思っていたからだった。亨は成金の客を喜ばせるため、雪が降る真冬に公園の池へ入る。しかし、それが原因で風邪をこじらせ、肺炎になってしまう。

一方、外国へ高飛びしようとしていた綾部は、修だけは連れていこうと偽造パスポートを用意する。それを受け取った修は亨を置いて一度は出ていくが、具合が悪そうだった亨が心配になり、戻ってくる。だが、その時、亨はすでに死んでいた。修は亨をドラム缶に詰め、リアカーに乗せてゴミ集積場に捨ていく。

この最終回、じつは冒頭に日本を大地震と津波が襲うシーンが入っている。綾部が日本を捨てて出ていく象徴のように挿入されているが、今見るとその絶望がさらに身につまされる。とにかく、弟のようにいつも一緒にいた亨を、ゴミ集積場に捨ていくことしかできないこの最終回のラストシーンは、何度見ても衝撃的だ。

のちに市川森一がこの『傷だらけの天使』のことを「壮大な実験劇」と語っているように、もうこんなドラマは作れないと思う。でも、過激で、優しくて、ファンタジーにあふれた大人向けのドラマを書ける人を失ったことが、今は何よりも残念で仕方がない。





傷だらけの天使 Vol.1

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たなか・まこと  フリーライター。ドラマ好き。某情報誌で、約10年間ドラマのコラムを連載していた。ドラマに関しては、『あぶない刑事20年SCRAPBOOK(日本テレビ)』『筒井康隆の仕事大研究(洋泉社)』などでも執筆している。一番好きなドラマは、山田太一の『男たちの旅路』。