美しい声で書かれた小説が大好きだ。

 唇から喉までをすっぽりと空けて、自由な道を作り出す。
 おなかのあたりにかたまりのようなものをこさえて、そこから湧きあがってくるものを胸の力を使って押し出す。
 それが声になる。
 無理に喉から搾りとった声ではないから、唇から離れた途端に弾けて、見る間にあたりを満たしていく。遠くまで届く。あの人の耳も響く。
 そういう美しい声。耳朶に触れれば優しく、文字にすれば心地良く視界の中で遊ぶ。
 中田永一の文章はそうした素敵な声に満ちていると思う。

   




くちびるに歌を

 中田永一
 小学館
 1,575円






 『くちびるに歌を』は、中田永一の最新長篇である。傑作恋愛小説集『百瀬、こっちを向いて』で鮮烈なデビューを飾った書き手だが、すでに一部では知られているとおり、違う名前で活躍している有名作家の、もう一つの名乗りである。すなわち実力は折紙つき。

 舞台は長崎県の五島列島である。百四十ある島の中でも比較的おおきな、コンビ二やスーパーマーケットもあるような島なのだという。そこに、一学年二クラスの小規模な中学校が存在する。合唱部があり、三十歳の松山ハルコ先生が顧問を務めている。その松山先生が出産休暇を取ることになり、臨時の音楽教師としてやってきた柏木先生が代理で顧問も引き受けることになった。柏木先生は松山先生の中学時代の同級生なのだ。この松山先生が男子生徒から絶大な支持を受けた。職員室と音楽室を結ぶルートを、「何曜日の何時何分に先生が通りすぎるのかを割り出して、先生の横顔と黒髪がゆれるさまを見学しに出かける」男子生徒が出るほどである。
 おかげで合唱部は激動に見舞われることになった。先生目当ての男子生徒が、それまで女子しかいなかった合唱部にこぞって入部届を出したからである。なにしろ中学生といえば声変わりの時期だ。「女声合唱のガラスのような純粋さ」に「泥水のように濁った」男子の声が混じることを嫌う女子部員が出てくる。そもそも柏木先生目当てでやってくる不埒者に目くじらを立てる者もいる。本書の二人いる語り手の一人、仲村ナズナはその急先鋒だった。不幸な家庭環境で育ったため、彼女はそもそも男性全般が嫌いなのだ。