これはオランダ版「プロジェクトX」だ!

こうして美術館は工事の中断を繰り返し、再オープンまで10年を要してしまう。

 

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映画はその一部始終を記録しているが、とりわけ印象に残るのはアートを心から愛するメンノ氏を筆頭とする美術館スタッフの人々の苦悩と日々。美術館のオープンに向けてたゆまぬ努力を続け、ひとつのミッションを成し遂げようとする彼らの姿は深い感動を誘うに違いない。その名もなき仕事人たちの記録はさながらオランダ版「プロジェクトX」と言っていい。

「大論争になって、工事は中断され先が見えないこともありました。でも、僕の役割はアジア館を成功に導くこと。だから、とりあえず周囲のごたごたはシャットアウトして、最高の展示にすることだけをいつも考えていました」

ただ、10年というのは待たされるにもほどがある。正直、心が折れそうになったことはなかったのだろうか?

「館長が辞任したときは落ち込みました。美術館スタッフが一致団結して困難を乗り越えようとがんばっていましたから。その館長の辞任から、新館長が決定して、今度は工事の入札がうまくいかなくなった2008~2010年が一番苦しい時期でした。オープニング日が決まらず、暗中模索のような状況だったので」

ただ、“自分はまだオープニングを迎えられただけでもよかった”と明かす。

「実は、この間に定年で退職を迎えたスタッフがけっこういるんです。準備を着々と進めながら彼らは最後まで携わることができず、新オープンを見届けることができなかった。当初の2008年のオープンならば、何の問題もなかったのに。無念だったと思います。映画では僕が代表のように取りあげられてしまったのだけれど、アムステルダム国立美術館には僕のすばらしい同僚であり、優れたキュレーターが35人いる。彼らの努力があったことを映画を観た人には知っておいてほしい」

もう1つ辛かったことがある。

「自分はキュレーターなので所蔵品をきちんと保管して展示してみてもらうことが使命。でも、すばらしいアート作品をずっと倉庫に入れておかなければならなかった。ですから、たまに倉庫にいって、作品たちに謝っていました。“こんなところに閉じ込めてしまって申し訳ない”と」

プロジェクトをやり遂げられた理由をこう明かす。

「自分の構想は2006年の時点で固まっていました。その“展示を最高のものにする”ということを考える時間が十分にとれると思うことにしました。ネガティブにではなくポジティブに仕事と向きあおうと。まあ、そうでもしないとやりきれない気持ちもありましたけどね(笑)」

 

日本の金剛力士像も展示。オランダの国立美術館にアジア館が誕生!

この映画で日本人として気になるポイントがある。それは今回の大改修によって新設されたアジア館。そもそもオランダの国立美術館になぜアジア館が作られることになったのだろう?

 

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「歴史を紐解いたとき、昔からオランダはさまざまな国と外交と貿易をもっていました。とりわけアジアとは昔から関係が深い。おそらく日本の教科書にも載っていますよね? ですから、その歴史の文脈からアジアのアートを美術館に取り入れていくことはある意味、自然な流れとも必然ともいえました」

映画ではメンノ氏が日本の仁王像を購入する模様なども収められている。これにも理由があったという。

「日本のアートの紹介に際し、気をつけたのは、日本の文化を紹介するというよりは、ピュアに日本の美術を紹介し展示することを大切にしました。仁王像を購入したのは、ヨーロッパの人々の日本美術に対するイメージを変えるきっかけを作りたかったから。というのも、ヨーロッパの美術館では禅の教えや心の平安を表しているということで、仏像はよく紹介されています。当館も平安時代後期の仏像は所蔵しています。ただ、それによって日本=禅というイメージが強い。でも、ほんとうは仁王像を見ればわかるように同じ仏教の流れをくみながら、同時期にこういう荒々しさとエネルギーのみなぎる像も作られている。そのことを伝えたかったんです」

仁王像はアジア館のひとつのシンボルになっているようだ。

「年配の人で仏像をよく知る人は“こんな像が日本では作られていたのか”とショックを受けて驚く人も多いです。また、僕には7歳の娘がいるんですけど、彼女は仁王像にすごく親近感を抱いていた。なぜかというと、彼女は日本のアニメや漫画が大好きで、どうやらその登場人物とかに仁王像の姿形は近く感じるようなんだ。面白いよね。美術館でも仁王像の前に立って、同じポーズで写真をとっている地元の若者とかよくみかけるよ」

1997年からアムステルダム国立美術館で働きはじめ、現在はアジア館の務めるメンノ氏。日本への留学経験もあり、日本アートへの造詣が深い彼だが、最後にこんなメッセージを送ってくれた。

「映画で自分が苦悶している姿をみなさんに見られるのは複雑です。はっきり言うと恥ずかしい。でも、なにはともあれオープンの晴れの日をついに迎えた新生アムステルダム美術館を見てほしい。あのオープニングの日を僕は忘れることはないでしょう。世界に誇れる美術館になったと思っています。映画で終わらず、もしアムステルダムに訪れることがあったら、ぜひ立ち寄ってくれたらうれしいです。そして、レンブラントの『夜警』やフェルメールの『牛乳を注ぐ女』などで有名なアムステルダム国立美術館ですけど、ぜひ、アジア館にもお越しください。お待ちしています」

映画『みんなのアムステルダム国立美術館へ』 
(12月より、渋谷・ユーロスペースにて公開 他全国順次公開)

レンブラントヤフェルメールなどの世界的名画を所蔵する世界有数のミュージアム<アムステルダム国立美術館>が2004年に創立以来の大改装に着手。ところがエントランスの設計をめぐる市民からの猛抗議をきっかけに工事は中断、さらに工事業者の入札の失敗などが重なり、完成は遠のく。果たして美術館のオープンはいつに? 世界に知られる有名美術館の10年に渡るリニューアル大工事を記録。全オランダ国民が注視した大騒動の真実が今明かされる!