そんな少し変わった図書館を取り仕切るのは、鳥居明久先生ほかの司書教諭。図書館に並ぶ本の中には、生徒や教員からの熱いリクエストを受けて購入を決めたものも少なくないのだとか。

 

司書教諭の鳥居先生

鳥居先生:麻布の図書館では年間約2000冊の本を購入しています。本のほかにもDVDやCDなど、生徒からのリクエストがあればその都度検討して購入を決めるんです。

筆者:蔵書数にも目を見張るものがありますが、そのラインナップもほかの学校図書館とは明らかに違いますよね。

鳥居先生:そうですね。たとえば『007』のDVDなんかは生徒から熱心なリクエストを受けて購入したものです。シリーズ全作品を買うのは予算的に厳しいから、『007』好きの友人のセレクトで何本か仕入れました(笑)。

筆者:失礼ですが、鳥居先生はおねだりされると断れない人なんですか?

鳥居先生:断れないというよりは、「おねだりにきちんとした筋が通っているか」ということを重視しているんです。

筆者:麻布生はおねだりに説得力を持たせるのが上手そうですね。

鳥居先生:それはあるかも(笑)。購入した当時はひとりの生徒しか読まなかった本でも、何年か後にほかの生徒がその本を手に取っている姿を見たりすると、「あの生徒の足跡に気づく後輩が出てきたんだな」とうれしくなることもありますし。

神田さん:そういう意味では、麻布の図書館には至るところに生徒の足跡が残っているんですね。

鳥居先生:その通り。たとえば……ほらこの本。これは、自分が性同一性障害であることをカミングアウトした生徒からリクエストされて購入した本です。

 

 

筆者:『〈同性愛嫌悪〉を知る事典』(ルイ=ジョルジュ・タン著、明石書店)ですか。価格は19,440円と、かなり高額ですね。その子はどんな気持ちでこの本をリクエストしたのでしょうか?

鳥居先生:彼はこの本をリクエストしてきたときに「こういうこともほかの生徒に理解してもらいたい」と言っていました。麻布にはカミングアウトする生徒が過去に何人かいましたし、「彼の思いが込められたこの本が、同じようなマイノリティーの立場にいる後輩達にも届けばいいな」と思い、図書館部会で購入を決めました。

麻布の図書館を見学していると、たびたび目に止まるのは「どうしてこんな本が学校に?」という珍書の数々。しかしそれらの本の足跡をたどってみると、卒業生や教員が残した無言のメッセージが隠されていることも少なくないようです。生徒のおねだりが通る図書館だからこそ、世代を超えて交わされる“本を介したコミュニケーション”が生まれてくるのでしょうね。

 

ここが変だよ麻布学園 その4
麻布生の聖域! 落書きだらけの文実部室

麻布学園では毎年春になると大規模な文化祭が開催されます。ちょっとした商業イベント並みのこのお祭を仕切るのは、学内選挙で選出された文化祭実行委員(通称文実)の生徒達。数百万円の文化祭予算はすべて、彼らを中心とした実行委員が管理するのだとか。

筆者:『麻布の教え』にも書かれていますが、生徒に数百万円の予算を委ねて文化祭を開催するなんて普通の学校ではあり得ないことですよね。

彦坂先生:そうでしょうか。麻布では毎年恒例なのであまり特別には感じなくなってきていますね。

神田さん:本の取材のときに見せていただいた文実の部室は強烈だったなぁ。ほんとにひどいもん。

筆者:それは見たい! 見せてもらっていいですか?

彦坂先生:うーん、たぶん大丈夫だけど。勝手に覗くと生徒が怒るかもしれない。

(一同、文実の部室へ)

彦坂先生:ちょっとノックしてみますね? おーい、誰かいる?(中でバサバサと物音がした後、鍵を開けて生徒が出てくる)

 

 

彦坂先生:おまえらなんで鍵かけてるんだよ。いま絶対悪い事してたよね?

生徒:いやいや、してないっす。先生なんですか? うしろの方々はPTA?

筆者:PTAじゃなくて取材です。少し見せてもらっていいですか?

生徒:なんだ取材か! よかった!!! いくらでも見てください。

彦坂先生:その安堵の表情……おまえら絶対なんかしてただろ(笑)。

 

そわそわする文実の生徒でしたが、真面目そうでいい子ばかりな印象。それにしてもなんだ、この落書きだらけの部屋は!

神田さん:歴代の文実の生徒たちが名前を記していくから、もうカオスな部屋になってるよね。これも麻布だから許されることだろうなぁ。

筆者:なるほど、この部屋が麻布生にとっての自由の象徴でもあるんですね。それよりもこの「カチョス」って落書きの意味は何ですか?

 

 神田さん:知らんわ!