「つらいセリフほど明るいテンションで!」と要求される

――鄭さんの作品は、いわば社会の“闇”を描いていて、明るく楽しいことばかりではなく、残酷な部分や、不幸な境遇が描かれているのに、なぜか笑えてしまったりして、不思議と引き込まれます。演じる側としてはどんなところに魅力を感じてるんでしょうか?

馬渕:まさに「つらいセリフほど明るいテンションで!」と要求されるんですよ、鄭さんの演出は。

その心の“負荷”を背負うことが演じる者にとってもたまらない部分だし、お客さんにとっても心を打つ瞬間になるんだと思います。

南:そこで生きてる人たちはいたって真面目にコツコツと生きてるんですよ。それがどこかユーモアがあり、滑稽に見えてきたりするんですよね。それから、出番の多い少ないにかかわらず、どの役の人生も感じられる。

それは鄭さんの「どの人も自分の人生の主人公だ」という考え方なんだと思います。そうやって、それぞれに懸命に生きてる人たちが交錯する一瞬から生まれるドラマが描かれてる。

ともさか:今回の『たとえば――』での私の役柄は、セリフやト書きに書かれていない情報がすごく多いなと思います。言葉にしないけど背負っているものがすごく大きい。

哀しみの中におかしみみたいなものがあって、すごくチャーミングなんです。

――戦後間もない1950年代の九州の港町でダンスホールで働く女性ですね。

ともさか:戦争に大事な人を奪われて、それでも帰ってくるかもしれない…というすごく重い感情を抱いて生きてる。だから、新しく出会った男性のことも、最初は頑として受け付けないんです。でも、それが変わる瞬間が来る。

いま、台本を読んだ段階で、その境目がまだ私の中で読み切れてないんです。あれほど強く拒否したものを受け入れる上で、彼女を突き動かしたのは何なのか? 稽古場で見えてくるのかな? と楽しみでもありますね。

馬渕:きっとそれは演じる人によって違うんでしょうし、ともさかさんの“答え”が見えてくるんだと思います。鄭さんも楽しみにしてるんじゃないですか。

南:鄭さんではなく、裕美さんが演出するという意味でも、違う発見があるでしょうし、楽しみ!

馬渕:私は『焼肉ドラゴン』以外は初演で見てないので、自分の作品が終わったら、プレッシャーなくゆっくり楽しませてもらいます(笑)!