――それは大変でしたね。そして11年の年末に出したミニアルバム『Slivers.exe』あたりから、シーンの中で徐々に知名度を上げていきましたね。

るあな:僕としては1stアルバム『Emotional 【KARMA】』をリリースしたくらいから風向きが変わり始めたかなって思うんだ。そのあと9月10月に出した『Sadisgate』『EMILY』という2ヶ月連続のシングルでMEJIBRAYの違った一面を見せることができたんじゃないかな。

 

――当時の集大成のような作品『Emotional 【KARMA】』からの2ヶ月連続のシングルリリースはたしかに印象的でしたね。

そうそう、12年秋の新宿BLAZEライブも「ウレぴあ総研」でレポートさせていただきましたけど、それまでのワンマンライブを行っていた渋谷O-WESTや池袋ブラックホールに比べて、BLAZEは大きな会場ですよね、かなりの賭けだったのでは。

るあな:どこの会場でもそれは一緒だと思うけどね。渋谷O-WESTをやったときはそれが賭けでもあったし、池袋ブラックホールをやったときも当時のMEJIBRAYからしたら賭けだと思ったよ。MEJIBRAYは常に勝負に出るバンドだからね!

――たしかにそれはそうですね。そして13年の1月と2月に『アヴァロン』『DIE KUSEE』と再び2ヶ月連続でシングルをリリースしましたね。『アヴァロン』はそれまでのMEJIBRAYのイメージを変えるような作品でしたね。
 

るあな:僕は『アヴァロン』はあのタイミングで出せて良かったと思ってるんだ。

――と、言いますと?

るあな:あの時期より早く出してもダメだったと思うし、遅く出したら出したでいい結果が生まれなかったと思うんだ。
でもリリースして1年経って、今は逆に「ライブで『アヴァロン』演ってください」って言われるようになったみたいだし。

正直な話1000人クラスの会場までのバンドだったら「お客さんをノせるような激しい曲」をやっていたらできると思うんだよ。でも、それ以上になると色々な幅広い要素も無いといけないと思うんだ。

――るあなさん、ぶっちゃけますね…(苦笑)。

マネージャー伊藤氏:まあクマの言うことですからね! あんまり真に受けないでください。

――そして恵比寿リキッドルーム公演を迎えるわけですが。そういえば、ここで「メトのクマちゃんの名前募集」というイベントもありましたね。

るあな:そうそう、名前欲しかったからね。約1800通くらいの応募が来たのかな? 嬉しかったね。グッズも作るなら名前もいるし。

――ぶっちゃけますね…(苦笑)。

マネージャー伊藤氏:まあクマの言うことですからね!

――この時期はロングツアーもありましたね。

るあな:ロングツアーは僕の移動もたいへんだからね。車に押し込まれたり、メンバーの枕にされたり…。

――それは…。

るあな:時々フラッと散歩に出ると「るあながいない!」とメンバーが慌てるのも面白いけどね。