濱口竜介監督

 「魔法(よりもっと不確か)」「扉は開けたままで」「もう一度」。それぞれが「偶然」と「想像」という共通のテーマを持ちながら、異なる3編の物語で構成された濱口竜介監督初の短編オムニバス映画『偶然と想像』が、12月17日から公開される。本作は、第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞している。濱口監督に、短編集を作った意図、観客の反応、映画に対する思いなどを聞いた。

-「今回は短編小説集のようなものを狙った」という談話を読みましたが、前作の『ドライブ・マイ・カー』も村上春樹さんの短編をつなぎ合わせたものでした。また、どちらの映画も、ある意味、純文学っぽいところもあると感じましたが。

 小説家の方にとっては、短編と長編の間を行き来するというのは普通のことだと思いますが、映画ではなかなかそういうわけにはいきません。村上春樹さんも短編でやられたことを、長編でもう一度練り直すということもされますよね。作家にとって、短編がある種の試金石やチャレンジになるところもあると思います。自分の中の未消化なアイデアを整理する場でもあるのかもしれません。僕も、そういう場を持ちたいとは思っていたのですが、短編映画を世に出すのはなかなか難しいので、今回のように、”短編集”にしてしまえば、出しやすくなると思いました。

-三つのエピソードの一つ一つがとてもユニークで、「この話、ありそうだけどないよな」という感じが面白かったのですが、各エピソードの着想はどこから得たのでしょうか。

 まず初めは「偶然」をテーマにしようと考えました。それで七編ぐらいのシリーズを作ってみようというのと、フランスのエリック・ロメールという監督も「偶然」をテーマに映画を作られていて、それがすごく好きだったので、そういうものをやってみたいと思ったのが着想の始まりです。一つ一つのアイデアは、本当に身近なもので、生活の中から出ているところがあります。

-では、具体的に1話目は?

 1話目は、喫茶店の隣の席で2人の女性の会話が聞こえてきて、それがまさにこの映画の中のタクシー内での会話の基になっています。現実のままではドラマにならないので、話している人の相手の男性が、話を聞いている人の元カレだったらどうだろうか、みたいな想像から話を広げていきました。そんな都合のいい話はないのですが、「偶然」をテーマにすると、これで成り立つんじゃないかみたいな感じになりました。

-第2話は?

 第2話は、大学教授をしている知人がいるのですが、彼が「最近は研究室のドアは開けたままにしている」と言うんです。なぜかというと、ハラスメントの問題があって、密室空間を作ってはいけないんだと。その一方で、それは自分自身を守ることにもなると。それを聞いたときに、扉が開いた部屋の中でサスペンスフルな状況が起きているのに、生徒たちがそれに気付かずに廊下を通り過ぎていく、というようなショットが思い浮かびました。その辺から始まっていきました。

-第3話は?

 第3話に関しては、極単純に、左右のエスカレーターですれ違いながら出会うというのは面白いなあと前から思っていました。立ち止まりたいのに通り過ぎていってしまうのが。そのときに、この映画のような勘違いも起こり得るのではないかというところから始まりました。一つ一つは日常のネタですが、そこから物語として発展させていくという点では、偶然というのはいいテーマだったと思います。

-三角関係、セックス依存症、色仕掛け、同性愛…など、性に関するユニークな描写が目立ちますが、この点について何かこだわりのようなものはあるのでしょうか。

 日常の中に性もある、ということです。日常は、パブリックなものだけで営まれているわけではなくて、プライベートな領域もあります。例えば、第2話のショットで行われているのは、まさにそういうことで、プライベートな領域とパブリックな領域の境界線を描いています。そういうものも取り扱わないと、現実を扱っているという気がしないということだと思います。

-性を通して現実が見えてくるということでしょうか。

 性は一つの要素です。基本的に、いかにも現実らしい現実を描こうとは思っていないので、この映画にもアンリアルに見えるところがたくさんあります。ただ、誰もが全てを現実にさらして生きているわけではない。人に普段見せない想像や欲望が、偶然を得るとこんなにも発展していく。それが結果的にはアンリアルな印象になると思うのですが、そこを何とか「なさそうだけどある」、”もう一つの現実”というところまで持っていきたいと思いました。

-東京フィルメックスやカンヌ国際映画祭での上映時は、随所で笑いが起きていたようですが、そうした観客の反応をどう思いますか。

 ここで笑わせようと思っているわけではないです。一人一人は真面目にやっているのにそれが互いにズレているというシチュエーションを作っていくと、笑いが起こりやすい印象です。自分の映画は結構そういうことがありますが、この映画は特に打率が高いですね(笑)。偶然をテーマにすると、そうしたズレが起こりやすくなるような気はしました。現実とすごく近いんだけど、何かズレていく。「ありそうなんだけど、ないかも、いやあるかも」という揺らぎがあり、時には「ないだろ!」っていう強烈な突っ込み感情が起きる。そのことが笑いに結び付いている気がします。

-この映画を作る上で、影響を受けたものはありますか。

 一番は先ほども言ったように、エリック・ロメールの映画と、その作り方だと思います。結果として今回、長編でやるよりも短編という形式のほうが、現実離れしたものは扱いやすいという気付きがありました。長編だと、もう少しリアリティーを作り込んでおかないと見ている側も疲れてしまいます。短編はある種の短距離走なので、現実からちょっと浮いたような展開でも、疲れる前に終わるというところがあるのかな、と。「いやいや、そんなことはないだろ」という事態が、ひたすら続いていくと疲れますが、いいあんばいで終わらせると、現実から微妙に浮いたような物語が展開できるというのが、短編の利点だと思いました。

-最後に観客に向けて一言お願いします。

 自分が作った映画の中でも、ひときわ軽みがあって、笑いが起きる、多くの人が楽しめる映画になっています。それは役者さんの演技の力が大きくて、「本当にこんな話はないだろう」というような話なんですが、それを「こんな人いるかもな」というレベルにしてくれているのが役者さんたちの演技だと思います。その役者さん同士の掛け合いの素晴らしさを見ていただけたらと思います。

(取材・文/田中雄二)