「どうする家康」(C)NHK

「天下はどうせ、お前に取られるんだろう」

「なんもかんも放り投げて、わしはくたばる。あとは、お前がどうにかせい」

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「どうする家康」。10月15日放送の第39回「太閤、くたばる」では、太閤・豊臣秀吉(ムロツヨシ)がついに最期を迎えた。自らの死期を悟った秀吉は、主人公・徳川家康(松本潤)を枕元に呼び、後を託す。冒頭に引用したのは、その際、秀吉が家康に語った言葉の一部だ。秀吉が、家康を自分の後の天下人だと考えていたことがよくわかる。

 これに対して家康は、「そんなことはせん。わしは、治部殿(石田三成/中村七之助)らの政を支える」と答えている。これは、家康に先立って秀吉に呼ばれた三成が、秀吉亡き後の政治体制について「豊臣家への忠義と、知恵ある者たちが話し合いを持って、政を進めるのが、最も良きことかと」と“有力大名たちの合議制による政治”を提案し、認められたことを受けたものだ。

 その報告を三成から受けた家康は、「力のある大名たちをまとめ上げ、われら5人の奉行をお支え頂くこと、お願い申し上げる次第」と依頼され、「無論。引き受けます」と答えている。

 だがそれは、家康の本心だったのだろうか。これに先立つあるやり取りを思い返してみると、印象が少し変わってくる。

 この回の前半、家康に長く仕えてきた忠臣・酒井忠次(大森南朋)も最期を迎えた。その直前、最後の対面を果たした家康は、忠次から「天下をお取りなされ。秀吉を見限って、殿がおやりなされ」との願いを託されていた。この時の家康は「天下人など、嫌われるばかりじゃ」と、その願いを拒んだようにも見えた。

 ところがこの回のラスト、家康の回想という形で、その後にさらなるやり取りがあったことが明かされる。「信長にも、秀吉にもできなかったことが、このわしにできようか」と尋ねる家康に対して、忠次は「殿だから、できるのでござる。戦が嫌いな殿だからこそ。嫌われなされ。天下を取りなされ」と返したのだ。この言葉を受けた家康が、じっと忠次の顔を見つめたまま無言で涙を流す印象的なシーンで、この回は幕を閉じた。

 時系列を整理してみると、家康はこの忠次とのやりとりの後、三成から合議制への協力を求められたことになる。すると、「無論。引き受けます」という三成への答えが、家康の本心だったのか、やや疑問が湧いてこないだろうか。実は家康の中では、すでに秀吉の後の天下を取る野心が芽生えつつあったのではないか…?

 しかも、その後の家康と秀吉のやり取りを知らない三成は、今も家康が合議制を支えてくれると信じているに違いない。この時点で既に、信頼し合っていた2人の間に、微妙なすれ違いが生じているようにも思える。ただ、ラストで忠次とのやり取りを回想した家康は、同時に合議制への夢を語る三成のことも思い返していた。ということは、まだ家康の中ではどちらを選ぶべきか、揺れているのかもしれない。

 三成が進めようとする合議制と、忠次の思いを受けた天下取り。その間で揺れる家康の心情が、巧みな物語構成によって表現されていた。次回、「天下人家康」の予告を見ると、“狸(たぬき)オヤジ”然とした家康の姿と、三成が「徳川殿には、謹慎していただくべきと存ずる」と怒りを込めて語る場面が確認できる。揺れる家康がどのような決断を下し、その場面に至るのか。次回が楽しみだ。

(井上健一)