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『ゴジラ-1.0』(11月3日公開)

 舞台は終戦直後の日本。戦争によって焦土と化し、文字通り「無(ゼロ)」になった東京に、追い打ちをかけるように突如ゴジラが出現する。ゴジラはその圧倒的な力で日本を「負(マイナス)」へと突き落とす。戦争を生き延びた名もなき人々は、ゴジラと戦うすべを探っていく。

 ゴジラ生誕70周年記念作品で、日本で製作された実写のゴジラ映画としては通算30作目。監督・脚本はVFXも手掛ける山崎貴。タイトルの「-1.0」の読みは「マイナスワン」。

 NHK連続テレビ小説「らんまん」で夫婦役を演じた神木隆之介と浜辺美波が共演。特攻隊の生き残りである主人公の敷島浩一を神木、焼け野原の東京で敷島と出会う大石典子を浜辺が演じる。そのほか山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介らが出演する。

 庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』(16)は、「今の日本にもしゴジラが現れたら…」をテーマにした一種の政治ドラマだったが、この映画は、最初の『ゴジラ』(54)のテーマだった“戦争とゴジラ”に回帰している。

 主人公を元特攻隊員とし、彼を囲む旧日本海軍の人々も登場し、まだ“戦争が終わっていない”彼らが、ゴジラを通して戦争と決着を付ける姿が描かれる。そして「まだ自衛隊が存在しない日本にゴジラが現れたら…」という今までのゴジラ映画にはなかった設定で描いているのがユニークだ。

 山崎監督は、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(07)のオープニングでゴジラを登場させるなど、ゴジラマニアの一人としても知られるが、この映画を見ると、どちらかといえば理論派でドライな印象を受ける庵野監督とは違い、感傷や懐古といった部分でゴジラに引かれているのだろうと感じた。

 ところで、今回の見どころの一つは“海のゴジラ”だ。陸上よりも海上でのシーンが多く、海中から姿を現す様子や巨大艦船との対比を見せながら、ゴジラの巨大さを強調している。また、敷島らが乗り込んだ小型船でゴジラと対峙(たいじ)する一連のシーンは『ジョーズ』(75)、敷島がゼロ戦からゴジラを攻撃する空中戦は『ゴジラの逆襲』(55)の影響が見られる。

 とはいえ、空中戦は『永遠の0』(13)、巨大艦船は戦艦大和を描いた『アルキメデスの大戦』(19)、終戦後の風景や生活描写は『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズと、山崎監督の自作での経験も大きく生きている。ある意味、失われた過去へのノスタルジーや、VFXを駆使してそれらを再現することへの興味をひたすら表現してきた山崎監督の集大成といった感もある。

 音楽の佐藤直紀も頑張ってはいるが、いかんせんあの伊福部昭の耳慣れた音楽が流れると、そちらに全てを持って行かれるところがあった。伊福部昭恐るべし。

『おしょりん』(11月3日公開)

 明治37年、福井県足羽郡麻生津村の庄屋の長男である増永五左衛門(小泉孝太郎)の妻・むめ(北乃きい)は、育児と家事に追われる日々を過ごしていた。

 そんなある日、大阪で働いていた五左衛門の弟・幸八(森崎ウィン)が帰郷し、村をあげて眼鏡作りに取り組まないかと提案する。その頃眼鏡はまだほとんど知られていなかったが、活字文化の普及により今後は必需品になるというのだ。初めは反対していた五左衛門も、視力の弱い子どもが眼鏡をかけて喜ぶ姿を見て挑戦を決め、村の人々を集めて工場を立ち上げる。

 明治時代の福井県を舞台に、同地の眼鏡産業の礎を築いた人々の愛と情熱を描く。藤岡陽子が史実を基につづった同名小説を、児玉宜久監督が映画化。タイトルの「おしょりん」とは、田畑を覆う雪が固く凍った状態を指す福井の方言だという。

 最近、こうした地方発の映画が増えてきたが、眼鏡作りの先達たちへの思いを込めたこの映画には、ハウツー物としての要素もあり、興味深く映った。自分も福井県の鯖江あたりが、世界に誇る眼鏡の一大産地だとは知らなかったので、こうした映画には、そうしたことを人々に広く知らしめるという効用もある。

(田中雄二)