ヤナギナギの作品『名も知らず』

本記事では、コミック配信サイト「コミックシーモア」で公表されているランキングから総合ランキング・総合カテゴリ・男女全体の日次ランキング200位以内にランキングされた作品を定点観測したデータを元に作成、その中で目立った作品を紹介する。今回は、異色を放つ現代社会を舞台にした作家・ヤナギナギの『名も知らず』だ。

シングルマザーが娘のために理不尽な社会にあらがう…

2024年4月1日~4月30日に総合ランキング入りした作品数は1400以上。その中で、毎日200位以内にランクインを果たした作品は17作品だ。毎日ランキングインし、かつ1位を獲得した作品は、わずか4作品。ほとんどの作品は更新の際にランクインを果たすものの、しばらく経つと圏外に落ちてしまう。ランキングから外れると読者の目にとどまらなくなってしまう。そうした激しい競争の中、常にランキングに残る息の長い作品もある。

4月は、4作品が常にランクインしつつ1位を獲得した。さらに、13作品はランクインしつつも1位になっていない。その17作品以外は、全てランクインしていない日があり空白が生じている。

そのランクインした4作品のうち、『拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます』(紬いろと 久川航璃 あいるむ)がオーディオブックも発売されたメディアミックス作品、『葬送のフリーレン』(山田鐘人 アベツカサ)、『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』(石沢庸介 謙虚なサークル メル。)の2作品が最近TVアニメにもなり知名度も高い。

そういった傾向の中、『名も知らず』が目を引いた。他メディアとの連動なしで、ランキング1位を獲得しつつも、4月の1カ月間、ランキング200位以内に入り続けた。他作品は200位以内に入り続けた部分だけを着目しても、実力と人気がうかがえる。

『名も知らず』は、配信開始日が2024年2月15日と、まだ開始から半年も経っていない。にもかかわらず、レビュー数は300件以上が投稿されている。評価も「☆3.9」、そのうち「☆5」が全体の47%を占めている。☆3以上を合算すると、実に85%にものぼる。

あらすじ

舞台は実際の現代がテーマだ。過去に起こった“ある”事件の被害者として5年経った今でも心の傷が癒えない、安アパートに娘と二人で暮らす23歳シングルマザーの彩音。階級制度の底辺ということから、偏見や差別の対象となり、近隣住民に自分の素性が噂されるような苦しい環境の中で、友人に助けられながら保育園児の娘・鈴との幸せな生活を送っていた。

しかし、ある男との再会で生活が一変する。悩みに悩んだ末、彩音は元の生活を取り戻すためにある計画を実行に移そうとする。

この作品はタッチやトーンは、シングルマザーをモチーフにしたヒューマンドラマ作品風なのだが、実はBL(ボーイズラブ)界で使われる「オメガバース」と呼ばれる特殊な生物学の世界観の中で生きる主人公達を描いている。とはいえ、舞台設定は日本の現代であり、いわば、現代日本のパラレルワールドである。

シングルマザーや貧困、近隣住民の噂など、現実での生きづらさといった実際の日本の社会的テーマに、パラレルワールドの「ヒエラルキー性」を付加することによって、実際の現代社会が持つ生きづらさを深く表現している。

生活弱者が必死に生きようとするが、さらに階級という超えられない壁が目の前に現れ、それをどう克服しようとするのか。今の境遇や過去に悩まされ続ける弱さと、娘の笑顔を見て「後悔はしない」と誓う強さを合わせ持つ女性が描かれている。

このヒエラルキーは架空の設定ではあるが、貧富の差や移民問題などがもつ、現代社会の課題を特殊な生物学の要素に巧みに置き換えられている。

オメガバースはBL由来の設定であるが、ゾンビ映画のゾンビ設定がホラーマニアだけのものでなくなっているように、オメガバースは一つのエッセンス。この作品もBL好きはもちろん、BLに興味のない層でも充分に楽しめる内容になっている。

また、オメガバースの詳細などが巻末に分かりやすく書かれているので、オメガバース作品を体験したことがない読者の入門編としても、おすすめできる作品だ。(BCN+R コミックランキングリサーチ部)

作品情報

『名も知らず』

https://www.cmoa.jp/title/286269/

ジャンル:女性マンガ

出版社:ふゅーじょんぷろだくと

雑誌・レーベル:Bebe

配信開始日:2024年2月15日

5巻配信中

BCN+R コミックランキングリサーチ部

BCN+R コミックランキングリサーチ部は、電子コミックのランキングの推移を元にしたトレンド分析を行っています。