プロジェクターが小さくなっている。かつて、家庭のプロジェクターといえばホームシアター用途が主流だった。しかし、大画面の映像表示装置は大型の液晶や有機ELのテレビに移行。映画館風に部屋を暗くして映画を楽しむ、という視聴スタイルは過去のものになりつつある。小さな筐体でそこそこ大きな画面が楽しめる、というプロジェクターの利点は、別の用途で注目され始めた。モバイルだ。持ち運べる、モバイルプロジェクターともいうべき小型の製品が伸びているのだ。全国の家電量販店やネットショップなど2300店の売り上げを集計するBCNランキングで明らかになった。
モバイルプロジェクターに明確な定義はないが、ここでは重さ1kg以下の製品をモバイルプロジェクターとして、販売状況を集計した。まず、プロジェクター全体に占めるモバイルプロジェクターの割合は、この1年で着実に拡大している。昨年5月時点では3割に満たなかったが、12月以降は3割台に突入。この5月には38.9%とほぼ4割の水準まで拡大した。この勢いはプロジェクター市場全体の活性化にも貢献している。今年1月まで台数、金額はともにおおむね前年割れの基調だった。特に昨年10月と11月は台数、金額がともに2桁割れを喫する場面もあった。しかし、2月以降5月までは安定して前年を上回り、2、3、5月は2桁成長を記録するまでになっている。
原動力は、アンカーが1月に発売した主力シリーズの新製品「Nebula Capsule 3」だ。2月以降徐々に売り上げを伸ばし、4、5月と2カ月連続でプロジェクターの販売台数シェアトップの座についた。ユニークな円筒形の筐体が目を引くこのシリーズ。新製品はGoogle TVを新たに搭載し、フルHD投影に対応しながら重さ1kgと可搬性に優れているのが特徴だ。内蔵バッテリでも動作するため、さしずめ手軽に持ち運べる動画表示装置ともいうべき存在。動画を一人で楽しむなら、スマートフォンやタブレットで十分。しかし、2~3人と複数で楽しむなら、もう少し大きな画面がほしくなる。そんなニーズにはまった。日常使いだけでなく、旅行やキャンプといった場面でも活躍しそうだ。
Nebula Capsule 3の人気はアンカーのメーカーシェアも浮上させている。プロジェクターといえば、エプソンが大きな販売台数シェアを握っているカテゴリ―。おおむね40%台を維持し、他を寄せ付けない存在だった。アンカーはこの市場に風穴をあけようとしている。昨年5月の時点では20%そこそこのシェアで、トップのエプソンに大きく水をあけられていた。しかし、この4、5月と連続して3割を上回るまで拡大。32.2%のシェアを獲得した4月では、王者エプソンに8.3ポイント差にまで迫った。販売台数の前年比ではエプソンを大きく上回り、勢いがある。
小型のプロジェクターは以前から数多く存在していた。しかし、なかなか売り上げが伸びず、ニッチなカテゴリーとして細々と存続していた状態だった。そこにアンカーがNebula Capsuleシリーズで参入し、潮目が変わった。コンセプトや基本性能もさることながら、実はその円筒形のデザインが市場を変えたのではないかとも思う。どれだけ新しい製品だと訴えても、形状が旧来と同じならインパクトは薄い。ユニークなデザインはそれだけで存在感が増す。ジンバルを搭載し従来と全く違う首振りスタイルをひっさげて、ビデオカメラの販売台数シェアトップに登り詰めた、DJIのOsmo Pocket 3にも同様のことがいえる。新しい酒は新しい革袋に入れるべきなのだろう。(BCN・道越一郎)