―各国間のCOVID-19の重症度の相違はなぜ起こるか―
順天堂大学大学院医学研究科 バイオリソースバンク活用研究支援講座 ハイジッヒ・ベアーテ 特任准教授、ヤツェンコ・タチアナ 特任研究員、ゲノム・再生医療センター 服部 浩一 特任先任准教授、東京大学医科学研究所等の国際共同研究グループは、国内の新型コロナウイルス(SARS-Co-V2)感染症(COVID-19) (*1)患者と健常人の検体解析、及び患者情報データの比較検討から、COVID-19の重症度と血中の血管内皮機能異常に由来する血液凝固・線維素溶解系 (線溶系) 因子(*2)である複合型プラスミノーゲンアクチベータ抑制因子-1(PAI-1) の濃度との相関性を見出しました。PAI-1遺伝子のプロモーター領域(*3)には遺伝子多型(*4)があり、その中で日本人に多い4G/4G型を有する人は、欧米に多い5G/5Gと比較して、PAI-1の血中濃度が有意に高く、炎症性サイトカイン濃度、そして重症度も低いことが判明しました。このことは遺伝的背景によるCOVID-19に対する血管内皮機能の相違を示唆します。
本研究成果は、2024年8月30日「Frontiers in Immunology」のオンライン版に公開されました。
本研究成果のポイント
● 血液凝固・線溶系因子のPAI-1の血中濃度とCOVID-19の重症度は相関する。
● PAI-1遺伝子多型4G4G型では血中の炎症性サイトカイン濃度、重症度が抑制されていた。
● 血管内皮の性状・機能の相違がCOVID-19の重症度を制御している可能性がある。
背景
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は現在第11波(2024年7月~)にあります。ウイルスの弱毒化が進んだとは言え、その高い感染力や免疫逃避能は依然脅威であり、欧米と比較して高齢化の進む日本では入院患者数も多く、今後の医療逼迫の危険性は払拭しきれていません。公衆衛生危機管理上もCOVID-19の病態、特に重症化機構の解明は、喫緊の重要課題と捉えられています。
COVID-19の重症化には、糖尿病や循環器系疾患などの合併症による、臓器特異的血管内皮障害とその機能異常、またこれを端緒とする血液凝固・線溶系の亢進が関与しているとの仮説が提示されています。研究グループの既報( Biomedicines. 10, 2549; 2022)でも、日本と比較して重症者が有意に多かったドイツでは、患者の血液中で内皮障害に伴う血液凝固・線溶系の活性化が認められ、これがサイトカインストーム症候群(*5)の発生に関与していることを提示しました。最近は、血液凝固・線溶系に属する血管内皮由来のアンジオクライン因子(*6)PAI-1やウロキナーゼ型PA (uPA)、uPA/ PAI-1複合体の動態がCOVID-19の重症化のバイオマーカーとなりうることを明らかにしています(Frontiers Immunol 14, 1299792; 2024)。これらの研究成果は、COVID-19の重症化における、血管内皮の性状変化、あるいは機能異常の重要性を示唆しています。
内容
本研究では、2020年3月から2021 年2月までの期間における18歳以上の本学医学部附属順天堂医院の入院及び外来で本研究のインフォームドコンセントを得られたCOVID-19患者の中から、無作為抽出した46名の患者情報と血液、末梢血単核球の検体を収集し、炎症反応構成物質、血液凝固・線溶系因子を含むアンジオクライン因子の活性と血中濃度、PAI-1プロモーター遺伝子多型の解析を行いました。期間を考慮すると、全てオミクロン株出現前の検体です。重症度分類としてはthe Lean European Open Survey on SARS-CoV‑2 (LEOSS)グループのレジストリ指標(*7)に準拠し、Complicated以上を重症に分類しました。この範疇には日本の重症度分類における重症例が含まれることになります。患者46名の内、35名が軽症・中等症、11名が重症に分類されました(表1)。
PAI-1プロモーター遺伝子多型には4G/4G、4G/5G、5G/5Gが存在しており、遺伝学的に日本人に多い4G/4Gの患者では、4G/5G、欧米に多い5G/5Gの患者と比較して血中のプラスミノーゲン活性化因子と複合化したPAI-1が高値で循環し、IL-1β(*8)とプラスミンが有意に低値であったことから、線溶系と炎症性サイトカインの産生が抑制されていることが示唆されました。また重症患者の中で5G/5Gの占める割合が有意に高いことが、判明しました(図1)。研究グループは、日本人患者のCOVID-19の重症度が、ドイツ人と比較して有意に低いことを報告していますが( Biomedicines. 10, 2549; 2022)、この研究成果がその理由を示唆している可能性があります。
表1:PAI-1の遺伝子多型とCOVID-19の重症度、図1:PAI-1の遺伝子多型による末血中の炎症性サイトカインIL-1βレベルの相違。5G/5Gを有する患者は重症度が高く、また炎症性サイトカインレベルも高い傾向がある。 (*p < 0.1; **p < 0.05; ***p < 0.01; n/s -有意差なし)。
今後の展開
今回の研究により、COVID-19の重症度に遺伝学的背景が関与していることが示唆されました。研究グループはこれまでにCOVID-19の重症化病態であるサイトカインストーム症候群の発生に血液凝固・線溶系の亢進が関与しており、このことが臓器特異的血管内皮障害・機能異常が存在することを報告しています。PAI-1は線溶系の抑制因子のため、日本人はサイトカインストームを起こしにくい体質を有している可能性があります。血中の凝固・線溶系を含むアンジオクライン因子は、COVID-19の重症化の予見や早期診断において有用であるだけでなく、新しい治療標的としての可能性を有しています。今後は、COVID-19を含めた多くのサイトカインストーム症候群、炎症性疾患に対し、こうした遺伝学的背景を考慮したオーダーメイド医療(*9)の開発基盤の形成が期待されます。
用語解説
*1 新型コロナウイルス(SARS-Co-V2)感染症(COVID-19): severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-Co-V2)を原因とする疾患。2019年11月、中国武漢市で初めて発生が確認され、2020年に入ってパンデミックを引き起こした。
*2 血液凝固・線溶系: 生体血液、血管内において、凝固による止血、線溶による出血により血栓形成を制御する機構。プラスミノーゲンはその中心的役割を担う生体因子の一つであり、tPA あるいはuPAの作用によりプラスミン(Plasmin)へと活性化され、血栓形成の核となるフィブリンを分解し、線溶を進める。PAI-1はPAの抑制に働き、バランスをとっている。
*3 遺伝子のプロモーター領域: 遺伝子のプロモーター領域とはDNAにおける遺伝子の転写・発現制御を行う領域である。 真核生物において、狭義では、転写基本因子群とRNAポリメラーゼが結合するDNA領域をプロモーターと呼ぶ。 一方、広義では、この領域をコアプロモーターと呼び、転写調節因子群が結合する調節エレメントも含めてプロモーターと呼んでいる。
*4 遺伝子多型: 遺伝子の表現型に致命的な影響を与えない範囲の遺伝子の個体差のこと。一般的に人口の1%以上の頻度で存在するものを指している。
*5 サイトカインストーム症候群:感染症や薬剤投与などの原因により、血中サイトカイン(IL-1、IL-6、TNF-αなど)の異常上昇が起こり、その作用が全身に及ぶ結果、好中球の活性化、血液凝固機構活性化、血管拡張などを介して、ショック・播種性血管内凝固症候群(DIC)・多臓器不全など重篤な病態へと移行する、免疫系の暴走と形容されることがあり、サイトカインストーム症候群はどれも難治性免疫疾患に位置付けられる。
*6 アンジオクライン因子: 血管内皮に発現し、臓器、組織に分泌、産生供給される生理活性物質の総称。成長因子、接着分子、ケモカイン、プロテアーゼなどから構成される。
*7 the Lean European Open Survey on SARS-CoV‑2 (LEOSS)グループのレジストリ指標:ヨーロッパで使用されるCOVID-19の重症度分類。診断時のCOVID-19の重症度を、1)軽症・中等症1~2(無症状、または上気道感染、発熱、吐き気、嘔吐、下痢の症状を伴う)、2)重症(酸素補充が必要、またはそれまでの酸素在宅療法が臨床的に関連するほど増加、室内空気での酸素分圧(PaO2)が70mmHg未満、 室温でのSO2が90%未満、新たな心不整脈、1cmを超える心嚢水貯留、肺水腫、うっ血性肝障害、末梢浮腫を伴う新たな心不全)、3)重症・危機的(人工呼吸などの生命維持療法が必要、カテコールアミン依存、生命を脅かす心不整脈、INRが3.5を超える肝不全)。 5、quick sequential organ failure assessment score > + 2、または透析が必要な急性腎不全)と定義する。
*8 IL-1β: 強力な炎症性サイトカインの一つであり、発熱や痛覚刺激の他、多くの免疫担当細胞に多彩な生理活性を及ぼす。
*9 オーダーメイド医療: 個々の患者の遺伝子情報を利用して、患者個人に最適な治療方法を計画すること。世界的にはテーラーメイド医療(tailor-made medicine)、個別化医療(personalized medicine)、カスタム・メイド医療(custom-made medicine)等とも呼ばれている。
研究者のコメント
コロナ禍は、患者の皆様や医療従事者、またその親族に至る多くの方々を次々と失い、いとも容易く社会の活動性を奪取していきました。研究グループは、COVID-19の脅威と畏怖に連日打ちのめされそうな思いで、病棟へ向かいました。この論文は、その禍中にあってフィジシャンサイエンティストとして出来ることを追求した著者らが、ご協力頂きました患者の皆様はじめ多くの医療従事者の汗と涙に捧げるものです。
原著論文
本研究はFrontiers in Immunology誌のオンライン版に2024年8月30日付で公開されました。
タイトル: The influence of 4G/5G polymorphism in the plasminogen-activator-inhibitor-1 promoter on COVID-19 severity and endothelial dysfunction
タイトル(日本語訳):PAI-1遺伝子プロモーターの4G/5G多型がCOVID-19の重症度と内皮機能障害に及ぼす影響
著者:Tetiana Yatsenko 1), Ricardo Rios 2), Tatiane Nogueira 2), Yousef Salama 3), Satoshi Takahashi 4), Eisuke Adachi 4), Yoko Tabe 1), Nobutaka Hattori 1), Toshio Naito 1), Kazuhisa Takahashi 1), Koichi Hattori 1)4) and Beate Heissig 1)
著者(日本語):ヤツェンコ・タチアナ 1)、リオス・リカルド 2)、ノゲイラ・タチアナ 2)、サラマ・ユセフ 3)、高橋聡 4)、安達英輔 4)、田部陽子1)、服部信孝1)、内藤俊雄 1)、高橋和久 1)、服部浩一1) 3)、ハイジッヒ・ベアーテ1)
著者所属:1)Juntendo University, School of Medicine, 2)Institute of Computing, Federal University of Bahia, 3)An-Najah National University, 4)IMS/UT Hospital of The Institute of Medical Science, The University of Tokyo,
著者所属(日本語)1)順天堂大学大学院医学研究科、2)バイーア連邦大学コンピューター研究所、3)アン-ナジャー国立大学、4)東京大学医科学研究所附属病院
DOI: https://doi.org/10.3389/fimmu.2024.1445294
技術協力を頂いた順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター、細胞機能研究室、共同研究・研修室、疾患モデル研究センター、また検体協力を頂いたCOVID-19患者の皆様、ボランティアの方々に改めて感謝の意を表します。本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費 (JP24K10435, JP24K11549, JP22KF0337, JP21F21773, JP21K08404, JP22K07206, JP19K08857, JP18K08657, JP21K08404, JP21K08692)、一般社団法人日本血液学会研究助成、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団新型コロナウィルス感染症対策・緊急支援助成、公益財団法人テルモ生命科学振興財団研究開発助成、公益財団法人沖中記念成人病研究所研究助成、ヨウ素学会ヨウ素研究助成、公益財団法人放射線影響協会研究奨励助成、公益財団法人平和中島財団国際学術共同研究助成、公益財団法人大樹生命厚生財団医学研究助成、順天堂大学環境医学研究所プロジェクト研究助成、東京大学医科学研究所国際共同利用・共同研究拠点事業から助成を受けたものです。
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