千葉大学大学院工学研究院の山田豊和准教授、ピータークリューガー教授の研究グループ、分子科学研究所の解良聡教授、台湾國立清華大学の堀江正樹教授の研究グループから成る国際共同研究チームは、世界で初めて、固体表面上でフェロセン分子(注1)を壊すことなく固定できることを実証しました。この発見は、走査トンネル顕微鏡(STM)装置(注2)を用いた表面観測により、様々な原子・分子・イオンを取り込むことのできる「クラウンエーテル環状分子(注3)」と、有機金属化学材料として広く知られる「フェロセン分子」を使うことで、実現しました。
 本研究におけるさらなる成果は、この1個のフェロセン分子の上にSTM探針を固定し、電気信号を印加することで、フェロセン分子を可逆的に動かすことができる、という発見です。つまり、フェロセン分子が「世界最小・分子マシン」として機能することを意味します。本研究成果は、分子マシン機能を用いた触媒や分子エレクトロニクス、量子材料など幅広い分野への活用や、未来のゼロエミッション社会の実現に大きく貢献することが期待されます。
 本研究成果は、2024年11月30日に学際的な科学ジャーナルSmallでオンライン公開されました。

■研究の背景
 「分子マシン」は、その名の通り、まるでロボットのように人間の指示通りに動く1個の分子です。一般的な物質は、エネルギー的に最安定な構造を持つため、わざわざ構造を変化させて動く必要はありません。つまり、「マシン」にはなりません。外部から電気信号を送って、分子を動かすには“しかけ”が必要です。
 そんな夢のような分子を実現する“しかけ”を作るため、研究チームは、様々な道具を入れられる便利なポケットのように、多様な原子や分子、イオンを取り込むことのできる「クラウンエーテル環状分子」に着目しました(図1)。


図1:クラウンエーテル環状分子



■研究の成果
 クラウンエーテル環状分子の利点は、リングを有している点です。リングは孔であり、ポケットのように原子・分子・イオンなど様々なゲスト物質を入れることができます。研究チームは、このリングに電気的に回転運動ができるフェロセン分子を組み合わせることで、分子マシン機能を発見できました(図2)。しかも、その分子マシンの大きさは、わずか1 nm(ナノメートル: 10億分の1メートル)という、世界最小サイズなのです。


図2:フェロセン(Fc)分子にアンモニウム塩を付加したFc-ammを使用することで、クラウンエーテル分子の環にFc-ammを固定。STM探針からの電圧印加でFc分子の横方向移動の制御に成功。


 この画期的な発見は、以下のような手順により達成されました。
 フェロセン分子は、中心にFeイオンがあり、その上下に五員環がついた鼓(つづみ)の形をした分子です。ユニークな点は、このFeイオンがFe2+⇔Fe3+に変化する際に、その2個の五員環の角度が約36度回転します。外部からの電気信号でこのFeイオンの価数を制御できれば、分子の回転運動に変えることができます。ところが、フェロセン分子を基板表面上、とくに貴金属の表面にそのまま吸着すると、あっという間にフェロセン分子は壊れてしまいます。このことがフェロセン分子の薄膜化によるデバイス製品化への大きな障害となっていました。
 そこで耐久性を向上し、さらにフェロセン分子が基板表面上で動かず固定できるように、アンモニウム塩をフェロセン分子に付加しました。これを「フェロセンアンモニウム塩(Fc-amm)」と呼びます。この“しかけ”を施したフェロセン分子を、基板表面上に規則正しく配列したクラウンエーテル環状分子に吸着すると、クラウンエーテル環状分子の環がアンモニウム塩を上手くキャッチし、世界で初めてフェロセン分子を壊すことなく固体表面上に吸着できました(図3)。


図3:フェロセン(Fc)分子を直接貴金属基板の表面に300K(=室温)で吸着すると壊れる。100K以下の低温であれば二次元結晶になる。本研究ではFc分子にアンモニウム塩を付加したFc-ammを使用し、クラウンエーテル分子膜で貴金属表面を事前に覆うことで、300KでもFc分子を壊さずに吸着できた。


 次に、このフェロセン分子の上にSTM探針を設置し、電圧-1.3 Vを印加しました。すると、探針から正孔(ホール)がフェロセン分子の分子空準位に入り、Fe2+からFe3+に変わりました。これによりフェロセン分子の五員環が車のタイヤのように回転することで、フェロセン分子が横方向に移動することがわかりました。図2のようにFace-onとEdge-onの二種類がありますが、横倒しのEdge-onのみが横方向移動しました。電圧により構造変化の動画もご覧ください(以下URL参照)。


動画:クラウンエーテル環状分子膜上のFc-amm配列内の分子の電圧印加による動作

動画URL:https://youtu.be/LSDRDj_FQUQ

■今後の展望
 このように研究チームは、クラウンエーテル環状分子とフェロセン分子を組み合わせることで、分子マシンとして機能することを発見しました。固体表面上で実現できたことから、薄膜化によるデバイス化への道が切り拓けました。今後は、人工知能や分子マシン、触媒、ガス貯蔵、量子スピン材料、磁気情報スピントロニクス材料など、多様な分野への利用が期待できます。分子マシン合成の新たな理解を深めることで、未来のゼロエミッション社会実現につながると期待しています。

■用語解説
注1)フェロセン分子: 中心の鉄(Fe)イオンの上下に、五員環がついた鼓(つづみ)の形をした分子。このFeイオンがFe2+⇔Fe3+に変化する際に、その2個の五員環の角度が約36度回転する。有機金属化学の発展に大きく寄与したことから、その構造を解明した研究者は1973年にノーベル化学賞を受賞した。
注2)走査トンネル顕微鏡(STM)装置:原子レベルまで尖らせた探針で試料表面をなぞるようにすることで、物質表面を原子分解能で観察できる顕微鏡。原子より小さい1pm(ピコメートル)の精度で、物質の電子状態を計測できる。
注3)クラウンエーテル環状分子: 中心に酸素と炭素からなるリング(環)を持つ分子。中心のリングにゲストの原子・分子・イオンを取り込むことができる、ホスト分子の機能を有する。

■研究プロジェクトについて
本研究は、山田准教授が研究代表者を務める以下の研究課題の支援を受けて行われました。
1. 独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究(B)(一般))“表面場での有機分子と磁性原子による量子ビット二次元配列の構築”
2. 小笠原敏晶記念財団 一般研究助成 “金属表面反応場での低次元高分子磁性薄膜の開発”
3. 公益財団法人 東電記念財団研究助成 “超省エネ電界制御型・蜂の巣構造磁性薄膜格子の開発”
4. 公益財団法人 松籟科学技術振興財団 研究助成 “真空表面合成法による有機分子2次元ハニカム格子で実現する超高密度磁気記憶素子”
5. 公益財団法人 カシオ科学振興財団 第38回研究助成 “超高密度2次元鉄ナノ磁石ハニカム規則配列作製による超省エネ電界書き込み制御型・磁気記憶素子の開発”

■論文情報
タイトル:Reversible Sliding Motion by Hole-Injection in Ammonium-Linked Ferrocene, Electronically Decoupled from Noble Metal Substrate by Crown-Ether Template Layer
著者:Fumi Nishino, Peter Krueger, Chi-Hsien Wang, Ryohei Nemoto, Yu-Hsin Chang, Takuya Hosokai, Yuri Hasegawa, Keisuke Fukutani, Satoshi Kera, Masaki Horie and Toyo Kazu Yamada*
雑誌名:Small
DOI:10.1002/smll.202408217

■参考情報
2024年4月4日公開 プレスリリース
『物質最薄の一次元分子ポリマーランダムネットワークの創出! ~新たな触媒・分子マシン・人工知能・量子材料開発へ~』
https://www.chiba-u.ac.jp/news/files/pdf/240404_BrCR_01.pdf
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