現代のシーンは少なく、今のところほとんどがシュトヘル&ユルールの時代を描いた展開となっている。モンゴル軍により故郷のタングートを蹂躙され、復讐のため極限まで己を鍛え上げたシュトヘル。“ある目的”のために部族から脱走したユルール。実はユルールの兄は、シュトヘルが探し求めている仇敵でもあった……そうした複雑な関係の2人が旅の途中で出会い、危機を切り抜けながら心を通わせていく。
なぜ須藤はシュトヘルに、スズキはユルールに顔が似ているのか。なぜ現代人の彼らは過去の夢を見るようになったのか? そもそも処刑されたシュトヘルの肉体になぜ須藤が入り込んでしまったのか? まだまだストーリーに謎は多い。
ともあれそんな過去を聞かされた須藤は、自分の中で眠ったままになっている本物のシュトヘルの代わりに、ユルールを助けてやろうと考えるようになる。わずか5巻までの間で須藤とスズキ、シュトヘルとユルール、そして須藤とユルール……さまざまな絆が生まれ、物語を盛り上げていく。一見するとアクション重視の作風に思えるが、作者が女性だけあってかキャラクターの心情が細やかに描かれていて好感がもてる。
■“文字”をめぐる戦い
この作品で特にユニークなのが「文字の存亡をめぐる攻防戦」という設定だ。モンゴル軍の首領は、タングートの西夏文字を執拗なまでに嫌悪し、この地上から消し去ろうとしている(理由は徐々に明らかになる)。
一方、文字や書物などの文化を愛するユルールは、西夏文字の記された宝「玉音同」をモンゴル軍の手から隠し通すために、自分の部族を裏切ってまで旅へ出る。どこまでも玉音同を追わせ続けるモンゴルの王。王の命令で追いかけてくる男はユルールの兄。その男はシュトヘルから見れば仲間を惨殺した怨敵でもある……という具合に、文字をめぐる戦いがキャラクター個人の動機ときれいに結びついている。この構成力はすばらしい。
そういえば手塚治虫文化賞は新聞社による主催だ。たとえ人が死んで国が滅びようとも“文字”は残り続ける――そんなメッセージの込められた本作が賞に選ばれたのも妙に納得できてしまう。