昨年の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」が現在、BSプレミアムで再放送中だ(毎週月~水 午後6時15分から)。本放送時は毎週のように低視聴率がやり玉に挙げられたが、終了後はギャラクシー賞月間賞や脚本の宮藤官九郎が伊丹十三賞を受賞するなど高評価を得て、その完成度の高さが証明された。今、ステイホームの期間に、改めて本作を楽しんでいる視聴者も多いのではないだろうか。
そんな人にぴったりな、再放送ならではの楽しみ方がある。それは、現在発行されている『NHK大河ドラマ「いだてん」完全シナリオ集』(全2巻 文芸春秋刊)を片手に、本編と比較しながら見るという方法だ。
全47回のシナリオを収録した『完全シナリオ集』は、ぱらぱらとページをめくるだけでも名場面の数々が脳裏によみがえってくるが、さらに読み込むことで名脚本家・宮藤官九郎が生み出した物語の魅力をじっくりと味わうことができる。だが、比較してみると分かるが、実は完成した本編は、シナリオとはさまざまな点で異なっているのだ。
一例を挙げると、第11回「百年の孤独」のクライマックス。日本初のオリンピック選手として、主人公・金栗四三(中村勘九郎)と共にストックホルムオリンピックに出場した三島弥彦(生田斗真)が、400メートル走の予選に挑む場面がある。この場面のシナリオの記述を、以下に引用してみる。
【以下、『完全シナリオ集』より引用】
弥彦、見事なスタートダッシュで大きくリードする。
四三「三島さんっ!」
治五郎「いいぞっ! いいぞ三島くん行けっ! 行けえっ!」
なりふり構わぬ必死の形相で走る弥彦。しかし徐々に距離を詰められ、真ん中あたりで一気に追い抜かれる。
四三「……」
ゴールまで速度を落とさず走り切る弥彦、その鬼気迫る形相に、シャッターを切るのも忘れ、見入る四三。
田島「…なんだ、結局ドベか」
治五郎「ドベでも2着だっ! 予選通過! 記録は?」
掲示板に記録が出る。1着が55秒4、三島は56秒。
治五郎「56秒!」
以上だが、本編を見た人なら、随分とあっさりした描写に驚くのではないだろうか。本編では、トラックを疾走する三島の姿をスローモーションで捉えつつ、合間に回想シーンを挟み、さらに情感豊かな音楽が加わることで、三島の集大成とも言える名場面に仕上がっていたからだ。つまりあの名場面は、シナリオをベースに、回想を挟むという演出の工夫や俳優陣の熱演、美しい音楽といったスタッフ&キャストの力が結集することで生まれたものなのだ。
このほか、シナリオと本編を比較してみると、シナリオに書かれた場面やせりふの変更・削除、シーンの順番の入れ替えなどが、毎回かなり細かく行われていることが分かる。テレビドラマの制作現場では、さまざまな事情や演出的な意図により、シナリオから変更されることが普通だ。
両者を見比べることで、そういう舞台裏に思いをはせる楽しみが増え、今まで気付かなかった作品の魅力を発見することにもつながる。また、シナリオに文字で書かれたせりふを、俳優たちがどんなスピード、どんなトーンでしゃべっているのかを意識しながら見れば、それぞれの芝居をより深く味わうこともできるだろう。
これは、『完全シナリオ集』が手に入る今だからこそ可能な楽しみ方だ。幸い、同書は紙の本に加えて電子版も発行されているので、好みに合わせて利用することができる。この機会に、『完全シナリオ集』を片手に、再放送で「いだてん」の新たな魅力を発見してみてはいかがだろうか。(井上健一)