生まれたばかりの長男・市太郎を病気で亡くし、悲しみに沈んだのもつかの間、栄一(吉沢亮)に長女・うたが誕生し、家族そろって穏やかなひと時を過ごす渋沢家。そこへ、栄一が決意の表情で現れ、父・市郎右衛門(小林薫)の前に座るや否や、こう告げる。「俺を、この中の家(なかんち)から勘当してください」と。
4月25日に放送された大河ドラマ「青天を衝け」第十一回「横濱焼き討ち計画」、ラストシーンの出来事だ。いとこの尾高惇忠(田辺誠一)や渋沢喜作(高良健吾)らと共に、攘夷決行の先駆けとなるべく、高崎城を乗っ取り、外国人が暮らす横濱を焼き払う計画の準備にのめり込んでいく栄一。一方、家庭は安泰で、申し分のない暮らし。その間で葛藤した末に下した決断だった。突然の申し出に驚く市郎右衛門を前に、栄一はさらに続ける。
「こんな乱れた世の中になっちまった以上、もう安穏とはしていられねえ。家を出て、天下のために働きてえと思う」という栄一に、市郎右衛門が「天下って、おまえ、何をする気だ?」と尋ねると、栄一は「それは言えねえ。しかし、天下のために働くとあっては、この家に迷惑をかけるかもしれねえ。どうか、(妹の)おていに婿養子を取って、家を継がせてください」と語った。
自らの思いをぶつけた栄一は、深々と頭を下げる…。その真剣な姿には、覚悟のほどが表れていた。だが、その一方で、この決断には栄一の未熟さものぞく。「なんでこのままじゃいけないんだい?」と尋ねる母ゑい(和久井映見)に、栄一はこう答える。
「俺一人、満足でも、この家の商いがうまくいっても、この世の中、みんなが幸せでなかったら俺はうれしいとは思えねえ。みんなが幸せなのが一番なんだ。(中略)俺は、この世を変えることに命を懸けてえ。この村にいるだけでは決して出来ねえ、大義のために生きてみてえんだ」
栄一らしい真っすぐな思いが伝わる言葉だが、ここでは自分が命を落とした場合、家族の幸せが犠牲になることが考慮されていない。“みんな”という以上、家族を犠牲にすべきではないし、家族を犠牲にする者が、他の“みんな”を幸せにできるものだろうか? さらに言えば、栄一の言う“みんな”の中に、焼き討ちに遭う外国人が含まれていない点にも、視野の狭さが表れている。
その矛盾を知ってか知らずか、このときの栄一の表情は硬く、「私からもお願いいたします」と助け船を出した妻の千代(橋本愛)と並んで、ひたすら頭を下げたまま。
第十回の冒頭で「江戸へ行かせてくれ」と願い出て許しを得た途端、喜びを爆発させていたのとは対照的だ。明らかに違うその態度に覚悟と成長が垣間見える一方で、まだまだ気持ちだけが先走っている印象がある。
それに比べると、市郎右衛門は大人だ。「俺は、政(まつりごと)がどんなに悪かろうが、百姓の分は守り通す。それが、俺の道だ。栄一、おまえはおまえの道を行け」と、自分の思いとは異なる栄一の生き方を認め、快く送り出す。
この場面、普通だったらけんかになってもおかしくないが、意見が対立する相手を認め合う姿勢は、このドラマを通して一貫しており、ここでもそれが生きた印象だ。これを踏まえると、外国人の追放を目的とした攘夷に突っ走る栄一の未熟さがより際立ってくる。
とはいえ、激動の幕末に船出した栄一の航海はまだ始まったばかり。これから誰と出会い、どんな経験を経て“日本資本主義の父”へと成長していくのか。その過程を、期待を込めて見守っていきたい。(井上健一)