上田慎一郎監督

 何げないワニの日常をつづり、Twitterに100日間毎日投稿されたきくちゆうき原作の4コマ漫画『100日後に死ぬワニ』。その100日間のワニの日常と、そこから100日後の大切なものを失った仲間たちの姿を描いたアニメーション映画『100日間生きたワニ』が、7月9日から公開される。監督・脚本は、『カメラを止めるな!』の監督・上田慎一郎とアニメーション監督としても活躍するふくだみゆき夫妻。上田監督に話を聞いた。

-「原作に込められたメッセージに強く共感して映画化した」という監督のコメントがありましたが、具体的にはどういうところに共感したのでしょうか。

 原作を「2日目」ぐらいから読み始めて、30日台ぐらいのときには映画化の企画書を作りました。メッセージもそうですが、原作漫画が持つ、語らぬ美学、余白みたいなものに一番魅力を感じました。皆がリプライ欄に、意見や考察、解釈、思ったことなどを、埋めにいきたくなるような、何か4コマ漫画自体に、すごく映画的なもの感じて、これを映画化したいなと思いました。企画書には、コマとコマとの間に流れているであろう、時間みたいなものを映画化したいと書いたと思います。最初は実写用の企画書を出しました。すると東宝から、私の妻のふくだみゆきと「共同監督でアニメ映画として作るのはどうですか」という提案を頂いてそうなりました。

-若者の何げない日常を、擬人化した動物キャラを使って描くという、原作の発想についてはどう思いましたか。

 動物を擬人化するというのは、子ども向けのアニメなどでもよく見られますが、「ワニっていいな」と思いました。イヌやネコといった、メジャーで身近な存在ではなくて、どちらかと言えば、ワニとかネズミって苦手な人もいますよね。そういう、ワニとネズミとモグラという、ちょっとニッチ目な動物を主役にしているところが、すごくいいなと思いました。

-でも、最初は実写として企画書を出したんですよね…。

 かぶり物やCGではなくて、人間に置き換えて、人間が演じるという想定で書いていました。それで、東宝からの「アニメ映画ではどうか」いう提案について、僕も考えましたが、妻は割と日常系の映画が多くて、僕は日常系ではないんです。なので、この映画は妻と一緒にやった方がいいんじゃないかと思ったのと、やっぱり人間が演じると、気持ちを重ねづらくなる人が多くなると思いました。例えば、すごくきれいな女優さんが演じていたら、「私の人生とは違う」と感じて距離を置く人もいると思います。それが、ワニとネズミとモグラという、ある種の記号的な匿名性を持たせることによって、誰でも自分と気持ちを重ねやすくなるんじゃないかと思いました。だから、今回はアニメにしてよかったと思っています。

-実写とアニメの違いを具体的に教えてください。

 実写は、撮ったものを編集して、リズムや間合いやテンポなどを後から作っていきます。アニメの場合は、例えば、絵コンテの段階で「このカットは何秒」と決まっています。そこに必要な声を録って、絵を作って…。だから、作り方が逆みたいなところもあります。アニメを作っている人は「このカットやせりふは何秒だ」という感覚や意思の明確さがとても強いんだろうなと思います。そうなると、「偶然映ってしまったもの」というのがなくて、全て意図的に作られているので、画面の隅々まで、映る物の形や色まで、全部自分で決めなければなりません。実写の場合は、「映ってしまったもの」が結構あります。意図しないものが映ってしまう良さもありますが、今回は、全てを意図的に、意思を持って作っているアニメの強さみたいなものも、すごく学べました。

-ワニの神木隆之介さん、ネズミの中村倫也さんなど、声優についてはどう思いましたか。

 素晴らしかったです。僕たちが想像していた以上のものを出してくれました。イメージ以上でした。監督には、自分がイメージするところで収まってほしくないという思いもあるので、今回は、イメージには近いけど、ちゃんと違うものにもしてくれたので、すごくいい布陣でできたと思います。

-声優は、どういう選び方をしたのでしょうか。

 基本的には、僕とふくだで候補を出して、当たってもらいました。まず、ワニとネズミを決めなければということで、ワニは最初から神木さんがいいなと。それで、ワニとネズミは幼なじみで、距離感が近くないといけないので、神木さんと距離感が近くて、ネズミのキャラクターにも近い人は誰だろうと考えたときに、中村さんがいいなとなりました。

-新キャラクターのカエルの後ろ姿がワニと似ているところがあって、最初に皆が「あれ?」となるところがありましたね。

 それはカエルを選んだ理由の一つとしてあります。ただ、カエルがワニの代わりになるのは違うなと。でも、やっぱり重なる部分もあった方がいいのかなという思いが、後ろ姿に表れたところはあります。あとは、カエルが皆の中の異物であってほしいという考えがありました。人は現状維持に安心するし、新しいものへの抵抗もありますよね。そんな中で、登場してくるカエルは、「100ワニ」の世界の中の異物であってほしいと思いました。

-原作とは異なる映画のオリジナルの展開も含めて、監督がこの映画に込めた新たなメッセージとは?

 僕は、答えが分かっていない状態で、いつも作り始めます。ただ、今回は、コロナ禍になって、脚本を書き直しました。「ワニが死ぬまでの100日」だけではなく、ワニがいなくなってから、残された人たちのその後を見たいと思ったし、それを描かなければいけないと思って作りました。例えば、「コロナ禍だけど、前を向いて行こうぜ」という人もいれば、その言葉がちょっとしんどいなと感じる人もいると思います。僕はどちらかと言えば「前を向いて行こうぜ」というタイプですが、それを押し付けるような映画にはしたくなかったんです。どの人も否定しないようなものにしようと考えて、そこをすごく探りながら作っていた映画ではあります。

-大切なものを失い、変わってしまった日常、けれども日々は続いていくというテーマは、コロナ禍とも通じるものがあると思いますが…。

 そういうことは考えの中にはありました。ただ、テーマについては、いつもその答えを決め切らずに作っています。つまり、「どんな困難があっても前を向くべきだ」ということを強く伝えたいと思って作っていると、やはり押し付けがましくなると思います。監督がそう主張すると、それが正解みたいになってしまうので、今回は、映画を開いておくことを意識しました。

-では、最後に観客に向けて一言お願いします。

 一般的なアニメとは違った味わいのある、一風変わったアニメ映画になっていると思います。今回は、僕自身はなるべく語らないようにしたので、皆さんに見てもらって、余白を埋めるように、どんどんと語ってほしいと思います。

(取材・文・写真/田中雄二)