(左から)渋沢よし役の成海璃子、渋沢千代役の橋本愛、渋沢歌子役の小野莉奈

 来日した米国前大統領グラントを、突然自宅に迎えることになった主人公・渋沢栄一(吉沢亮)。しかも、予定は2日後。帰宅後、「どうすりゃいいんだ?」と頭を抱える栄一とは対照的に、妻の千代(橋本愛)は「いえ、なんという僥倖(ぎょうこう)でございましょう。あれほどのお方を、家でお迎えできるとは、こんな光栄なことはございません」と語る。そして娘の歌子(小野莉奈)らにてきぱきと準備の指示を出すと、あっけにとられる栄一に向かって、うれしそうにこう告げる。

 「ぐるぐるいたします!」

 11月14日に放送されたNHKの大河ドラマ「青天を衝け」第三十五回「栄一、もてなす」の一幕だ。「ぐるぐるする」は、栄一の口癖で、ここでは千代がそれをまねたわけだが、意味としては「ワクワクする」「ドキドキする」といったところだろうか。

 来日したグラントを盛大に歓迎して国の威信を示し、日本が欧米と肩を並べる一等国となるための足掛かりをつかむ…。それが、栄一たちのもくろみだった。そんな一大行事の中で突然発生した「渋沢家訪問」というハプニング。

 百戦錬磨の栄一ですら頭を抱えたピンチに、千代は喜々として立ち向かい、飛鳥山の新居を利用した歓迎会は大成功。栄一に「お千代のあんな顔を見るのは、初めてだ」とまで言わしめた生き生きとした姿を見て、ある場面を思い出した。

 まだ故郷・血洗島で暮らしていた子どもの頃、千代が兄・尾高惇忠(田辺誠一)に「論語について教えてほしい」と頼んだことがある(第三回)。その際、惇忠から「女子のおまえが、そんなことを知ってどうする?」と尋ねられた千代は、強い調子でこう反論した。

 「女子とて人だに。千代も、人として、ものの理をちっとでも知っておきたいと思っただけです。それを、『知ってどうする』などとおっしゃるのは、兄さまの言葉とも思えねえ」

 この言葉に惇忠は「千代の申すことはもっとも」と謝り、「これからは暇を見つけ、おまえにもためになる言葉を教えよう」と考えを改めている。

 これを踏まえると、結婚以来、妻として栄一を支え続けてきた千代だが、その胸の内には、勉強熱心で「人の役に立ちたい」という幼い頃からの思いが秘められていた、と解釈できる。

 その思いを、表舞台で発揮する機会がようやく訪れたのが、このグラントの歓迎会だった、というわけだ。「ぐるぐるいたします!」の裏にそんな積年の思いがあったと考えると、より重みが増してくる。

 さらにこの一言は、今回の物語を振り返ってみると、また違った味わいも醸し出す。

 歴史の激変期を描く本作で、これまで物語を動かしてきたのは、栄一を中心とする男たちだった。千代たち女性はその周りにいる、という感じで、なかなか物語の中心にはなりづらかった。幕末はもちろん、明治維新後もその描き方は基本的に変わっていない。

 だがこの回は、公の場に女性たちを同伴するのは当然という西洋式のマナーに従い、大隈重信の妻・綾子(朝倉あき)、井上馨の妻・武子(愛希れいか)、その娘・末子(駒井蓮)らと共に、千代もグラントの歓迎会に出席。華やかな西洋風のドレスを身に着けた末子に「女を飾りとしてしか見ていないことがよく分かるわ」と語らせつつも、時代の変化を表す出来事として、女性を軸に据えることに成功していた。

 そのドラマを締めくくったのが、渋沢家歓迎会における千代の活躍だったわけだ。そう考えると、「ぐるぐるいたします!」は、千代だけでなく、新たな時代を迎え、表に出ることを許された全ての女性たちの期待と興奮を物語る象徴的な一言だったように思うのだ。(井上健一)