制作統括の菓子浩チーフプロデューサー

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「青天を衝け」が12月26日、いよいよ最終回を迎える。幕末から近代を駆け抜けた“日本資本主義の父”渋沢栄一の物語がどんな結末を迎えるのか、気になっている視聴者も多いに違いない。そんな全編のクライマックスを前に、制作統括の菓子浩チーフプロデューサーが、今だから明かせる制作の舞台裏を語ってくれた。

-吉沢亮さんのはつらつとした生命力あふれる演技により、今まであまり知られていなかった渋沢栄一が、大変魅力的な主人公になりました。菓子さんはどんな印象を受けましたか。

 もちろん吉沢さんには「この大河の主役を任せられる」と思ってお願いしたわけですが、その想像を遥かに超えてくれました。渋沢栄一って、すごく難しい主人公だと思うんです。そもそも13歳から91歳まで演じることが無理難題ですし、百姓から幕臣、パリから帰国後に明治政府に仕官したかと思えば、次は実業家へとステージがどんどん変わっていく。1人の人物だけど、その中に4人も5人も、いろいろな形の渋沢栄一がいて、それぞれのステージでキャラクターが異なる。そういう栄一を、すごく魅力的に演じてくれたと思います。力強いお芝居はもちろん、繊細な部分でも引き付ける力があって、本当に吉沢さんあっての「青天を衝け」だな、と。こんな難しい主役ができる人は、そういないのではないでしょうか。

-その栄一と徳川慶喜の主従の絆は、ドラマの大きな柱となっていました。もう一人の主人公ともいえる慶喜を演じた草なぎ剛さんの印象はいかがでしたか。

 草なぎさんは、天性の方というか、演じていらっしゃるのかどうかも分からない感じです。本当かどうか分かりませんが、ご本人はインタビューで「歴史には詳しくないし、自分のところ以外、台本もしっかり読みません」とおっしゃっていますよね。現場でもひょうひょうとしていらっしゃるんですけど、いざ本番になると、そこにいるのは慶喜にしか見えないんです。当然、僕も慶喜に会ったことはありませんが、草なぎさんを見て、「慶喜ってこういう人だったんだな」と思ったりして。大森(美香/脚本家)さんも、作品を見ながら、先の脚本を書かれる際に、そういう草なぎさんの姿に勇気づけられたのではないでしょうか。

-改めて、渋沢栄一を主人公に選んだ経緯を教えてください。

 2021年の大河ドラマを担当することが2018年に決まり、そこから舞台となる時代や主人公について検討を始めました。平安から昭和まで、歴史の先生と一緒に主人公として面白そうな人を探していく中で、幕末を舞台にしようと思ったのは、2020年にオリンピックが予定されていたことがきっかけです。オリンピック後に当たる2021年は、日本全体がその先の10年を考えているムードではないかと予想したんです。日本が新しいステージに入っていくそういう時期には、激動の時代である幕末から明治にかけての物語がふさわしいだろうと。

-そこから主人公の渋沢栄一はどのように?

 幕末を舞台にした大河は今までもたくさんありますが、その多くが西郷隆盛や坂本龍馬、新選組といったヒーローを主人公にした、「志半ばで命が尽きる」という物語です。その方がヒロイックに描けるのですが、それ以外の見方ができる人はいないだろうかと。そうやって探していく中で上がってきたのが、渋沢栄一さんです。百姓から次々と立場を変えていく渋沢さんであれば、市井の人々の目線も入れられるし、新政府の内情も描けるし、最終的には経済の話もできる。多角的に描けるのではないかと。

-ただその後、コロナ禍や東京オリンピックの延期などがありました。

 コロナ禍やオリンピックの延期などにより、時代が予想を超えて変わっていきました。そういう状況の中で渋沢さんについて調べていくにつれ、逆境にぶち当たってもくじけずに立ち上がっていく人だということが分かってきました。そこから、「生き抜く」ということが、だんだんこの物語のテーマとして前面に浮かび上がってきた感じです。ただ、「逆境の中でも立ち上がる」ということは企画の段階からありましたが、当然、コロナ禍なんて予想もしていませんし、僕らは「とにかく楽しんでもらえるものを」と考えながらドラマを作っていただけです。そういう中で、必然的に物語が今の時代とリンクしていったような感覚です。

-なるほど。

 僕たちも、このドラマを作っている中で、苦しい時期がたくさんありました。でも、作り手でありながら、登場人物たちの行動やせりふに励まされ、「生き抜く」、「前を向いて進む」という力を得るような不思議な体験をしました。

-ドラマを見ていて「渋沢栄一って、こんな人だったのか!」という驚きが毎回のようにありました。大森さんの脚本と吉沢さんのお芝居を経て出来上がった主人公の渋沢栄一を見て、新たな発見などはありましたか。

 大河にはいろいろな作り方があり、大胆な仮説に基づく物語もあり得ますが、大森さんはうそをつきたくないということで、徹底的に史料を調べ、史実に寄り添って作られる方です。だから、こちらも大量の史料を用意し、読み解いていきました。渋沢さんは生きていた時代が近いので、史料もたくさん残っているんです。その史料を調べていくうちに、だんだん渋沢さんの人物像が立体的になってくる。そこに吉沢さんが血肉を与えることで、生涯青春で力強く駆け抜けていく渋沢像が生まれました。僕らも一緒に作っているのに、吉沢さんの渋沢に励まされるような不思議な実感がありました。

-視聴者の反応は、どのように受け止めていましたか。

 始まる前は、「渋沢って誰?」「地味」「次の大河は1年休むか」みたいなことも言われていましたね(笑)。大半の方が渋沢栄一さんをちゃんと知らないし、「新1万円札の人」ぐらいのイメージしかなかったはずなので、仕方ないなとは思っていました。でも、どんどん逆転していくダイナミックな渋沢さんの人生は、ご覧になれば楽しんでいただけるはずだと信じていました。最終的に皆さんから応援していただけるようになったのは、脚本の力ももちろんありますが、役者の方々のおかげだと思っています。皆さんが、それぞれ演じる役を愛して育ててくれたことで、キャラクターがより魅力的になり、応援してくださる方も増えたのではないかと。それに尽きると思います。

(取材・文/井上健一)