寒さが厳しくなる季節、コタツに入ってぬくぬく漫画でも読みたい。さりとて何かと忙しくなる年末年始、いくら名作だからといって20冊も30冊も読んでいるヒマはない……。そんなジレンマを解消すべく、今回は意外に知られていない“人気漫画家によるオススメ短編”をお届けしたい。
【オススメ短編1】 石川雅之の『週刊石川雅之』
『もやしもん』で一躍ブレイクし、日本全国をかもしまくった石川雅之氏による短編集(全1巻)。自慢の息子が性転換(?)して実家に戻って来るドタバタ劇『彼女の告白』、一家団欒の風景がひょんなきっかけで誤解合戦になる『仮面で踊ろう』など独立したショートストーリー11本が収録されている。
代表作の長編『もやしもん』はユニークな世界観設定、農学というジャンルの珍しさが評価されたものだが、こっちの短編集はオチに至るまでの話のキレ味、いわば“第4コーナーからの加速”がすさまじい。少ないページ数でギチギチに内容を詰め込みながら、最後のオチは「そうきたかー!」とシンプルに読者の盲点を突いてくる。個人的に圧巻だったのは5本目の短編『趣味の時間』である。居酒屋で5人の男が異性の好みについて語るだけのエピソードだが、やはりオチは意外なもの。しかもオチを知ってから扉絵を見直すと、第2のオチがあることに気づく。作者の尋常じゃない天才性を思い知らされるはずだ。
【オススメ短編2、3】 藤田和日郎『黒博物館スプリンガルド』『邪眼は月輪に飛ぶ』
『うしおととら』『からくりサーカス』そして今では『月光条例』、週刊少年サンデーで王道少年漫画を描き続ける巨匠・藤田氏の短編も2本紹介しよう。それぞれ全1巻だ。
『黒博物館スプリンガルド』の舞台は19世紀ロンドン。機械じかけの脚部で跳びはね、女性を驚かせる怪人“バネ足ジャック”をめぐるゴシックアクション。“バネ足ジャック”の正体はストーリー序盤ですぐ分かるのだが、同時期に女性を惨殺する、より過激なもう一人の“バネ足ジャック”が現われて……。『からくりサーカス』の温かいキャラクター描写&ハードアクションをぎゅっと1冊に凝縮したような、まさに短編エンターテイメントのお手本。読後感もさわやかだ。
『邪眼は月輪に飛ぶ』は現代日本が舞台の怪物退治ホラーアクション。見ただけで人間を即死させるという特異な目をもった化物フクロウ“ミネルヴァ”が日本を襲った。最新兵器すら通じない空のモンスターを倒すため、選ばれたのは一人の老人。古ぼけた鉄砲をもつ猟師だった……。いきなり開始からクライマックスで読者は驚かされること間違いなし。『うしおととら』の終盤、ラスボスと人類の総力戦を思い出させる熱い展開だ。おもしろさは前述の『スプリンガルド』と甲乙つけがたい。迷ったら両方読んでおくのが吉だろうか。
【オススメ短編4】 福本伸行&かわぐちかいじの合作『生存 LifE』
『カイジ』『アカギ』などで知られる福本伸行が原作を、『沈黙の艦隊』『ジパング』などで有名なかわぐちかいじ氏が作画を担当したという、黄金コンビによる重量級サスペンス物語(全3巻)。
主人公は妻にガンで先立たれ、一人娘も14年前から失踪中という男。やがて自身もガンで余命半年と宣告され絶望するが、自殺寸前に「失踪中の娘が白骨死体で発見された」という報せを聞く。それをきっかけに思い出す家族の絆。もし娘が殺されたとしたら時効成立まであと半年、自分の余命も半年。そこで彼が選択したのは……“残りの命で娘を殺した犯人を捜し出すこと”だった!
残されたわずかな古い手がかりをもとに執念で一歩、また一歩と犯人に迫る主人公。だが記憶の風化、非協力的な警察、弱っていく自身の肉体が壁となって立ちふさがる。核心に迫ったと思ったら肩すかしを食らい、ようやく犯人にたどり着いたと思ったら決定的な証拠がなく、二転三転とするドラマに読者はハラハラさせられるばかり。ギャンブル漫画で定評ある福本氏の巧みなストーリー構成に、かわぐち氏が描くキャラクターの迫力が見事にハマった奇跡の逸品である。
1999年の作品なので時効の扱いが現在とは異なるが、いま読み直しても魅力がまったく色あせない。たった3巻でここまで驚き、頭を使い、感動させられる漫画は世の中にそうそう存在しないだろう。読破した直後はなんとも言えない満足感でしばらくイスから立ち上がれなくなるほどだ。
……以上、4人の作家による4つのオススメ短編漫画を紹介した。ちなみに4人の代表作をすべて読むと軽く100冊を超えるボリュームになるが、今回の短編だけならトータル6冊と非常にエコ。長編が絶賛されている漫画家は短編のパワーもすごい!ということをぜひこの機会に味わっていただきたい。