バズ・ラーマン監督

 伝説の歌手エルヴィス・プレスリーの人生を映画化した『エルヴィス』が7月1日から公開される。本作を監督したバズ・ラーマンに、エルヴィスやそれを演じたオースティン・バトラーについて、また、映画に込めた思いについて聞いた。

-この映画を撮りたいと思ったきっかけを教えてください。

 単純な伝記映画にはしたくないと思いました。エルヴィスを介して、1950年代、60年代、70年代のアメリカを描きたいと思いました。例えば、シェークスピアの『リチャード二世』のように。また、トム・ハンクスが演じたパーカー大佐というエルヴィスのマネジャーは、エルヴィスを売ることだけを考えていましたが、魂の部分はアーティストでした。

 こういう人物とうまく関係が結べればいいのですが、うまくいかない場合は、とても悲劇的なものになります。マネジャーとアーティストとの関係については、支配されて、罠にかけられたようになり、窒息しそうになるアーティストもいるようです。アイドルの生活は一見華やかに見えますが、実際は搾取されて、自分を破滅に導いてしまう場合もあります。そうしたところにとても興味を持ちました。

 これはエルヴィスが言った言葉ですが、「作られたイメージで生き続けることはとても難しい」と。今、たくさんいる若いアイドルも、かなりのプレッシャーを感じていて、それに負けてしまう人もいると思います。ファンタジックなイメージを抱かれて、それを完璧にこなそうとしても、それは無理な話です。

-エルヴィス役のオースティン・バトラーを発見したときの気持ちは?

 キャスティングの方法がいつもとは違いました。あまりにも彼が役に成り切っていたので、ではこういうケースだったらどうリアクションをするかという、テストをしたという感じでした。そして、スクリーンテストでは、若い頃のエルヴィス、年を取ったエルヴィスとかではなく、とにかくオースティンの歌が聴きたいと思いました。オースティンはこれまではほとんど知られていない存在でした。でも、この映画がナンバーワンのヒット作になって、今は『GQ』とか、いろんな雑誌のカバーを飾っています。これはかなり早い売れ方です。それで、急に有名になったらどういうことになるのか。『タイタニック』(97)で急に有名になったレオナルド・ディカプリオがその対処の仕方を教えてくれています(笑)。

-今回は、エルヴィスが亡くなった後に生まれた世代も映画館に足を運ぶと思いますが、その点についてはどう思いますか。

 例えば、アメリカの20代の女性にしても、エルヴィスのことはほとんど知らないです。今回、『トップガン マーヴェリック』を抜いて、週末の興行収入の1位になったのも、エルヴィスというよりも、オースティン・バトラーを見たい人が多いからです(笑)。若いアイドルは急に人気が出たり落ちたりします。今の人はそういうことにとても興味があるようです。それが特徴だと思います。また、今の若者の多くは、エルヴィスのことを、白いジャンプスーツを着た男としてしか認識していないと思います。でも、彼が反逆児であり、世の中に不満を持っていたというところには、今の若者も共感できるのではないかと思います。

-エルヴィスを演じたオースティン・バトラーも、アフター・エルヴィスの世代に属するわけですよね。

 実はオースティンとエルヴィスにはつながりがありました。2人は同じ年齢の時にお母さんを亡くしています。そして、2人ともお母さんが死ぬ悪夢を何度も見たそうです。だからオースティンは、エルヴィスとの運命的なつながりを感じていたようです。それで、彼はものすごくエルヴィスのことを研究していました。彼は初めに私にビデオテープを送ってくれたのですが、それは特にオーディション用というわけではなく、彼が普通に歌を歌っているところが映っていました。でも、それを見たときに、私はオースティンがエルヴィスと同じ感性や魂を持っていると感じました。

-悪役のパーカー大佐役に、ハリウッドの良心ともいわれるトム・ハンクスを起用した理由は?

 俳優は、いつも「もっと幅広い役柄を演じたい」と思っています。もしトムが楽器だとしたら、今までわれわれが聴いてきた音楽以上のものを、彼は表現できると思います。「今回は、ダークなものを演じたい」というのが彼の希望でした。アメリカの観客はそんなトムを見て不安になるらしいです。例えば、自分が大好きな、人のいい親戚のおじさんが、急に悪い人になったような気分になるようです(笑)。

(取材・文/田中雄二)