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『アルピニスト』(7月8日公開)

 断崖絶壁に命綱なしで挑む、カナダの若き天才アルピニスト、マーク・アンドレ・ルクレールに密着したドキュメンタリー映画。

 ルクレールは、世界有数の岩壁や氷壁を、単独で命綱も付けずに登る、「フリーソロ」というクライミングスタイルを貫いている。

 携帯電話は持たず、SNSにも背を向け、名声を求めない彼の知名度は低いが、登頂不可能とされていた数々の難所に挑み、新たな記録を次々と打ち立てていく。

 この映画には、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『フリ-ソロ』(18)に出演したフリーソロ界のスター、アレックス・オノルドも登場し、ルクレールについて証言するが、それを聞くと、いかにルクレールが特別かつユニークな存在であるかが分かる。

 そんな知られざる天才アルピニストに、これまでクライミングを題材にしたドキュメンタリー作品を数多く手掛けてきたピーター・モーティマー監督とニック・ローゼン監督が密着。雄大な自然を背景に、体力と精神力の極限に挑むルクレールの姿を、恐ろしさすら感じさせる鋭いカメラアングルと臨場感あふれる映像で映し出す。

 ほとんど垂直に見える絶壁を、苦もなく登っていくルクレールの姿は、思わず「スパイダーマン!」とでも呼びたくなるような至芸だが、クライミングに興味のない者から見れば、まさに狂気の沙汰でもある。

 そこには、「なぜ人は山に登るのか」「われわれは、なぜアルピニストの姿に心を引かれるのか」という永遠の謎が横たわる。

 この映画は、すさまじい登頂シーンに加えて、ルクレールへのインタビューで、彼の人となりやクライミングに対する思いを明らかにしていく。

 自分の好きなことを発見し、それに打ち込めるルクレールの幸せを感じさせる半面、子どもの頃にADHD(注意欠陥障害)と診断され、一般の社会には適合できず、クライミングをすることでしか自らの存在を証明できない孤高の姿には、冒険家の植村直己らの姿が重なって切なくなるところもあった。

『神々の山嶺(いただき)』(7月8日公開)

 原作・夢枕獏、作画・谷口ジローの漫画をフランスでアニメーション映画化。セザール賞でアニメーション映画賞を受賞した。

 山岳カメラマンの深町は、ネパールのカトマンズで、孤高のクライマー羽生が、イギリスの登山家マロリーが残した謎を解く可能性を秘めた古いカメラを手に入れた現場に遭遇する。深町はマロリーと羽生について調べ始め、羽生の行方を追うが…。

 マロリーとは、「なぜエベレストに登るのか?」と聞かれ、「そこに山があるから」と答えた有名な登山家。1924年、3度目のエベレスト登山中に行方不明となるが、それが登頂後の遭難だったのか、登頂前に命を落としたのかは謎とされた。夢枕の原作は、その謎から想を得たのだろう。

 99年にマロリーの遺体が発見されたが、携帯していたはずのカメラは見つからず、結局、登頂の成否は分からなかった。夢枕の原作小説が発表されたのは、94年から97年にかけてだというから、遺体発見の前だったことになる。先見の明ありといったところか。

 ところで、先に実写版の『エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)』(16)が作られたが、あまりいい出来ではなかった。それに比べれば、このフランス製アニメは、登頂シーンも含めて、よく出来ているというべきだろう。

(田中雄二)