阿野全成役の新納慎也(左)と実衣役の宮澤エマ (C)NHK

 NHKで放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。8月7日放送の第30回「全成の確率」では、源頼朝(大泉洋)の弟で、主人公・北条義時(小栗旬)の妹・実衣(宮澤エマ)の夫でもある阿野全成(新納慎也)が、幕府内の権力闘争に巻き込まれた末、悲運の最期を遂げた。

 放送開始当初、脚本の三谷幸喜が「頼朝が生きている時代はプロローグに過ぎない」と番組公式サイトのインタビューで語っていた通り、頼朝の死後、前々回の梶原景時(中村獅童)に続いて全成と、主要人物が次々に命を落とし、本題ともいえる御家人たちの権力闘争が本格化してきた。

 毎回、息詰まる展開から目が離せないが、それと同時に、いい意味で、やや意外な印象も受けている。

 「権力闘争」という言葉には、権力欲に取りつかれた野心的な人間たちが血で血を洗うような争いを繰り広げる殺伐としたイメージがある。そのため、「コロナ禍で疲弊した今の時代に、そういう物語を見せられたらキツいかも…」という思いもあり、最後まで付いていけるかどうか、放送が始まる前は少々不安があったからだ。

 ところが、ふたを開けてみれば、本作には、義時をはじめ、心優しかったり、実直だったり、血生臭さや野心からは程遠い人間味あふれる人物が数多く登場した。

 その好例が、この回の主役となった阿野全成だ。「悪禅師」という歴史に残る通り名と、「時政たちと、頼朝の次男・実朝の将軍就任を画策し、頼家と対立した」と伝わる従来の人物像からは、かなり物騒な印象を受ける。

 演じた新納自身も、8月7日の放送後、番組公式サイトに公開されたインタビューで「(クランクイン前は)阿野全成は“男っぽくて荒くれ者”というイメージをお聞きしていた」と語っている。

 しかし、本作の全成はご存じの通り、争いを好まない穏やかな性格で、どちらかというと頼りない、けれども愛嬌(あいきょう)があって憎めない男だった。

 にもかかわらず、三谷の冴えわたる筆は、そんな全成にも史実を逸脱することなく、きちんと見る者の心に残る最期を描き、新納も渾身(こんしん)の演技でそれに応えてみせた。

 そこから伝わってきたのは、権力闘争に敗れた男の悲哀ではなく、理不尽に命を奪われる悲しさと、妻・実衣への深い愛情、そして争いの無意味さだった。

 これは全成に限ったことではなく、梶原景時の最期でも同じように感じたことだ。もちろん、これからもシビアな展開は続くだろうが、三谷の鮮やかな脚本と役者陣の好演が、権力闘争の血生臭いイメージを払拭してくれたことは間違いない。

 心優しく実直な人々が、いかにして権力闘争に巻き込まれていき、その生きざまを俳優陣がどう表現してくれるのか。事前の不安は完全に吹き飛び、今となっては筆者の興味はそこにある。

 さらにいえば、あからさまに野心をのぞかせる義時の継母・りく(宮沢りえ)や、北条家のライバル、比企能員(佐藤二朗)でさえも、俳優陣の好演もあり、人間味にあふれ、どこか憎み切れない部分がある。

 おかげでこの先、生き残る人もそうでない人も、全ての登場人物に寄り添いながら、物語の行方を見守っていけそうだ。

(井上健一)