井上芳雄 (C)エンタメOVO

 2000年にミュージカル「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でデビュー以来、高い歌唱力と存在感で数々のミュージカルや舞台に出演してきた井上芳雄。8月14日からは、12年の初演以来、ジャーヴィス・ペンドルトンを演じ続けてきた「ダディ・ロング・レッグズ」が開幕。さらに、9月16日~19日には橋爪功が演出する「リーディングプロジェクト」への出演も控えている。井上に、それぞれの作品への意気込みやミュージカルに出演することへの思いを聞いた。

-再演を重ねている「ダディ・ロング・レッグズ」が、今年はジルーシャ役に上白石萌音さんを迎えて上演されます。長きにわたってジャーヴィス・ペンドルトンを演じていることもあり、思い入れの深い作品なのでは?

 そうですね。ジャーヴィスとジルーシャの2人しか登場しない作品ですが、初演からずっと坂本真綾さんとやらせていただいてきました。今回は、真綾さんがお休みなので、代わりに萌音ちゃんが出演してくれます。僕自身、この作品を上演できるのはとてもうれしいことですし、今回は新しく萌音ちゃんとも一緒にやらせていただけるというすてきな機会になるのかなと思います。

-ジャーヴィスという役を初演から演じ続けてきて、役柄への思いに変化はありましたか。

 最初からあまり演じているという意識が強かったわけではないので、変化というのはあまり感じていませんね。(作・演出の)ジョン・ケアードさんが演出してくれるままに演じていたらこうなったという感じですが、自分に近いキャラクターなのかもしれません。彼がジルーシャに出会って変わっていったように、僕も人に影響されて変わりたいと常に思っていますし、実際に妻と出会って人生が変わったとも思います。人と出会うことで刺激を受けて人生が変わるというのは、人生の醍醐味(だいごみ)だと思うので。この作品では、彼がそうして変わっていく姿が感動的に描かれていると思います。

-ジルーシャを演じる上白石さんとは、ミュージカル「ナイツ・テイル-騎士物語-」でも共演しています。今回の共演で期待していることは?

 (上白石は)この役にぴったりだと思います。萌音ちゃんは、この作品をずっと好きでいてくれ、忙しい中でも今回やりたいと言ってくれました。萌音ちゃんと一緒に演じることで皆さんの想像を超える、素晴らしい作品を作れたらと思いますし、きっと新鮮な、ビビットなメッセージが伝えられるんじゃないかなと思います。

-そして、橋爪功さんが演出する「リーディングプロジェクト」への出演も決まっています。井上さんは、第二幕の「船を待つ」に出演しますが、これはどんな作品ですか。

 橋爪さんがご自分も出演なさって、企画もされる初めての朗読劇です。きっと今後も続いていく企画だと思いますが、その最初の公演に呼んでいただきました。「船を待つ」は、以前ラジオドラマで橋爪さんが、渡辺いっけいさんとやられた2人芝居で、僕は、そのとき、橋爪さんが演じた役をやらせていただきます。素晴らしい脚本なので、橋爪さんと生きたやりとりができたらと思います。刺激的なリーディングになること間違いなしです。

-井上さんは、こうした朗読劇やストレートプレーにはどんな思いで臨んでいますか。

 もともとミュージカルがやりたくてこの世界に入ったので、こうしたお芝居だけの作品の方が僕にとっては難しいんです。僕はまだまだお芝居が分からない。それは永遠に分からないものかもしれないけれども、それでも一つでも多く経験を積みたいという思いで出演しているところはあります。今回は、橋爪さんとご一緒させていただくことで多くのことを学ばせていただけると思っています。

-最近では、テレビ番組のMCも務め、幅広い活動をされていますね。

 舞台俳優というのが基本だと思っていますが、その上で、演劇のことを知ってもらいたいという思いが根本にあって、頂いたお仕事に可能な限り挑戦しています。MCもチャンスを頂いたので、飛び込んでみたという感じです。

-お話を聞いていると「舞台俳優としての自分」は揺るぎないんですね。舞台にこだわるのはどんなところに魅力を感じているからなのですか。

 反応が欲しいのかなと思います。映像のお芝居だと、その場で視聴者の方の反応を感じられないので、頑張り方が分からない。その場にいる方たちに向けて何かをやりたいんだと思います。それから、あとは単純に劇場が好きなんです。稽古はあまり好きじゃないですが(笑)。

-デビューから22年がたちますが、改めて、俳優生活を振り返ってみて、どんな思いですか。

 よく頑張ったなと思います。コロナ禍で公演が中止になったことはありましたが、基本的にはずっと止まらずに走り続けてきました。ミュージカル以外のこともたくさんやらせていただいて、そういう意味では、できないことをできるようになりたいと頑張った20年間です。それは今も変わりません。もちろん、全てのことができるわけではないし、できるようになるまで時間が掛かることもあるし、時間が掛かってもできないこともあります。でも、できるようになろうと努力することで、生きていることを実感できるんです。人間はいつか死ぬので、できるだけ濃く生きたいと思いますし、生きている感覚を強く感じていたいんです。

-そうした努力を続け、ミュージカル界のトップを走り続けるモチベーションはどこにあるのですか。

 トップかどうかは見方によるので自分では分かりませんが、ミュージカル界は僕にとっては“ホーム”ですし、言い方は悪いですが“ぬるま湯”でもあると思うんです。だからこそ、ずっとぬるま湯にいるだけではいけないという思いがあります。ぬるま湯の温度が下がったら、めちゃくちゃ熱いお湯に入って、それを持って帰ってきて温度を保ち、逆にぬるま湯の温度が上がりすぎたら水風呂に飛び込んで水を持ってくる。そんな感覚です。それは自分で望んでそうしているのかは分かりませんが、でもそうすることでずっとぬるま湯に漬かっていられるんだと思いますし、そうありたいと思っています。

-そうすることが、自分の成長もつながると。

 自分のことを過大評価しているんだと思います。もっとうまくできるはずだ、もっとうまく回せるはずだと、いまだに思っています。さだまさしさんが「永遠に歌がうまくなりたいって思っている」とおっしゃっていましたが、自分もそうありたいですね。

(取材・文・写真/嶋田真己)

 ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」は8月14日~17日に都内・シアター1010、8月19日~22日に大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ、8月24日~31日に都内・シアタークリエで上演。「リーディングプロジェクト」は9月16日~19日に都内・草月ホールで上演。
「ダディ・ロング・レッグズ」公式サイト https://www.tohostage.com/ashinaga/
「リーディングプロジェクト」公式サイト https://readingprostage.com