北条義時役の小栗旬(左)と比企能員役の佐藤二朗 (C)NHK

 NHKで放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。8月14日に放送された第31回「諦めの悪い男」では、歴史上で「比企能員の乱」と呼ばれる事件が起き、北条氏のライバル、比企一族が滅亡。

 『吾妻鏡』では「北条時政が比企能員を暗殺し、比企一族を滅ぼした」と書かれているこの事件を主導したのが主人公・北条義時(小栗旬)だった、という視点で描かれた。

 前回、阿野全成(新納慎也)を死に追いやった比企能員(佐藤二朗)に対して、義時は「鎌倉殿の下で、悪い根を断ち切る。この私が」と宣戦布告し、鎌倉殿・源頼家(金子大地)の協力を得て失脚させようとする。

 ところが、頼家が病に倒れたことでその計画は失敗。一方の能員は、この機に乗じて頼家の長男である孫の一幡を次の鎌倉殿にしようともくろむ。

 全成の息子までもが比企に暗殺され、北条家に危機が迫る今、その野望を止めるには、自ら行動するしかないと、覚悟を決めたかのように比企一族滅亡を画策する義時。

 ここから一直線に計画実行まで突き進んだようにも思えるが、細かく見ていくと、随所に迷いが感じられる。

 まず義時は、戦を避けるため、一幡と北条が後ろ盾となっている頼家の弟・千幡による分割統治を提案。これを能員が拒否したことで、息子・泰時(坂口健太郎)に「これで大義名分が立った。比企を滅ぼす」と告げる。

 にもかかわらず、その後も父・時政(坂東彌十郎)に「もう一度だけ、能員殿と話してみようと思います」と提案し、「おまえも諦めの悪い男だな」とあきれられている。

 結局、時政が臨んだ能員との最後の交渉も決裂。比企一族滅亡の決意を固めた義時は、「一幡の命は助けてあげて」と懇願する姉・政子(小池栄子)に「一幡さまには、仏門に入っていただきます」と答える一方で、泰時に「戦になったら、真っ先に一幡さまを殺せ」と命じる。

 だがこの時、義時が本当に一幡を殺そうとしていたのかどうかは疑問だ。実際、比企の館に攻め入った泰時は、逃げようとしていた一幡と遭遇するが、その最期は描かれていない。

 まだ生きている可能性はあるし、義時が本気で一幡を殺そうとしていたら、自分に批判的だった泰時ではなく、別の人間に命じていたのではないだろうか。そこには、一幡を生かそうとした、というよりも、運を天に任せたような義時の迷いが感じられる。

 また、「思えば、頼朝さまは正しかった。敵を容赦せず、常に先に仕掛けた。これが、あの方の教えです」「(一幡暗殺について)頼朝さまならそうされていた」と亡き主君・頼朝(大泉洋)を引き合いに、計画を正当化する義時の発言もあったが、これも、迷っている自分の背中を押すためだったのではないだろうか。

 この陰謀に比企出身の妻・比奈(堀田真由)を利用したことを泰時から「父上はどうかされております! そこまでして、北条の世を作りたいのですか!」ととがめられ、「当たり前だ!」と一喝した一幕も、どこか「売り言葉に買い言葉」という感じで、自身の決意を後押しするための言葉のように思えた。

 さらに、亡き兄・宗時(片岡愛之助)の「坂東武者の世を作る。そして、そのてっぺんに北条が立つ」という最後の言葉を思い出した場面。

 一見、兄の遺志を継いで行動したようにも見えるが、それを思い出したのは全てが終わった後。とすると、頼朝の件と同じように、義時が自分を正当化するための言い訳とも受け取れる。

 このように、比企一族滅亡を画策した義時の行動には随所で迷いが感じられ、必ずしも固い決意があったとは思えない。まさに「苦渋の決断」だったのではないだろうか。その微妙なニュアンスを巧みに表現した三谷幸喜の脚本と小栗の演技も見事だった。

 そして、その苦渋の決断を経て、全てが終わった後、危篤だった頼家が息を吹き返す想定外の事態。この事態を義時がどう受け止め、次にどんな一歩を踏み出すのか。固唾(かたず)をのんでその行方を見守るばかりだ。

(井上健一)

関連記事