失踪した妻・仁美の行方を捜して、仁美の故郷・鵜頭川村を訪れた岩森明。だがそこは、血縁や世代間の不毛な争いが続き、絶望に支配された土地だった。その夜、大嵐に襲われた村は周囲との連絡が途絶し、完全に孤立する。そこに起こる連続殺人。仁美の双子の妹・有美と出会った岩森も、事件に巻き込まれていくが…。
櫛木理宇の同名小説を原作にしたWOWOW初のパニック・スリラー「連続ドラマW 鵜頭川村事件」が8月28日に放送・配信スタートとなる。『AI崩壊』(20)の入江悠監督と主演の松田龍平がタッグを組んだ本作で、主人公・岩森の妻・仁美とその双子の妹・有美の二役を演じたのが、蓮佛美沙子。一人二役で挑んだ撮影の舞台裏を聞いた。
-謎と殺人事件が積み重なっていく息詰まる物語の中、蓮佛さんが演じた仁美と有美の空気感が全く異なるのに驚きました。二役の演じ分けは、どの程度意識したのでしょうか。
「双子だから演じ分けよう」みたいなことは一切考えていませんでした。基本的に、一人で一役をやるときも、撮影に入る前にその人を掘り下げていく作業をします。台本に書かれていないその人のバックボーンや歩んできた人生を脳内で全部作り上げる、みたいなことですね。今までも経験はありますが、一人二役の場合、その作業が×2になる感じです。そんなふうに個人個人を掘り下げていき、結果的にそれが違いとして見えたらいいのかな、と。
-では、有美と仁美を、それぞれどんな女性だと捉えましたか。
足にハンディキャップを抱えている有美は、幼い頃から姉と比較され、それが当たり前の環境で育ってきた女性です。イメージとしては、モノクロの世界で生きてきたような感じ。見るもの全てが灰色で、そこには希望もなければ絶望もなく、それが普通、みたいな価値観で生きてきた女性なのかなと。逆に仁美は、本来はすごく明るくて普通の女性だったと思うんですけど、ある出来事をきっかけに人生が180度変わってしまった。そんな印象です。
-対照的な役なので、現場で有美と仁美を切り替えるのは難しそうですね。
それは大丈夫でした。私は役を掘り下げてから現場に入って、現場で全部忘れようというタイプなので、「5分後に仁美で」、「5分後に有美で」と言われても「一回、魂を入れているから大丈夫」みたいな。ちょっと変な言い方かもしれませんが(笑)。
-それぞれの役を掘り下げた結果、ご自身の中に定着したものを、その場に応じて「このときは有美」、「このときは仁美」と、引き出しから取り出すような感じでしょうか。
そうですね。「召喚する」みたいなイメージで(笑)。
-そこまで掘り下げた役を「現場では忘れる」というのは?
現場では、監督も相手の役者さんもそれぞれの考えがあるので、それに柔軟に対応できるようにしておきたくて。もちろん、台本を読んだ際に、「ここはこうなるんだろうな」と想像はします。でも、それをガチガチに固めて、新しいものが生み出されるのを阻害してしまうのはもったいないと思うんです。私自身も常日頃から「自分はこういう人」と意識して生きているわけではありませんし。だから、一回入れ込んでしまった後は忘れて、素でその人になれるようにと。すごく概念的な話ですけど、どの作品も同じ気持ちでやっています。
-蓮佛さんのお芝居に対する考え方がよく分かりました。ところで、仁美も有美も、松田龍平さん演じる岩森と深く関わる女性です。劇中では、有美として接する場面が多かったと思いますが、松田さんのお芝居に影響を受けたところもあるのでしょうか。
龍平さんとは初めてご一緒させていただきましたが、これまでの作品を拝見して、唯一無二の空気感や、誰もまねできない立ち居振る舞い、カメラの前でのお芝居まで含めて、すごくすてきだなと思っていました。ただ、今まで龍平さんには、感情をあらわにする印象があまりなかったんです。でも今回は中盤以降、怒鳴ったり叫んだりするシーンが結構あって、それが私にとっては新鮮でした。それに引っ張られて、私の芝居が変わっていった部分はあります。やっぱり、台本から想像したのと違うものに現場で出会えたときって、相手が誰であっても楽しいし、そこに乗っかりたいですから。
-逆に、仁美として接する場合はいかがでしたか。
仁美としてご一緒するシーンは少なかったんですけど、有美のときとは明らかに違いました。ハッピーなシーンはほぼなかったんですけど、それでもやっぱり夫婦として体温を近くに感じる部分はあって。だから、楽しいシーンがもっとあってほしかったです(笑)。
-演技以外で、松田さんの素顔について、印象に残ったことはありますか。
想像の二倍しゃべる方でした(笑)。寡黙な方だと思っていたら、すごくおしゃべり好きな方で、誰に対しても壁を作らず、年齢や性別に関係なく、みんなと分け隔てなくお話しされていて。だから、私もたわいのない話をしましたし、丸山澪ちゃん(岩森の娘・愛子役)とも本気で言い合いをしていて…(笑)。子どもと同じ目線なんです。だから、子どもと遊ぶのが得意なんじゃないでしょうか。
-そのほか、撮影現場で印象に残ったことを教えてください。
とても印象的だったのが、美術の素晴らしさです。嵐に襲われた村が舞台ですが、映画のように時間を掛けて撮れる現場だったので、荒れた土地の表現が見事で、物語に相応しい気味の悪さも出ていて…。第1話でも嵐の前、村伝統の“エイキチ祭り”の準備で、みんなが広場に集まってくる場面があるんですけど、そこに立っている“エイキチ様”の像も、圧倒されそうな存在感。クランクインして間もない頃の撮影だったので、物語の世界観に入っていく上で、すごく助けられました。
-2カ月にわたる地方ロケを実施した本作の撮影について、蓮佛さんは「想像以上に精神的に負荷のかかる日々でした」とコメントしていますが、気分転換はどのようにしていたのでしょうか。
おいしいパン屋さんを見つけて、ほぼ毎日のように通っていました(笑)。パン屋さんだけでなく、ホテルの周りにおいしいお店が多かったので、食事には本当に助けられました。そういうところで心を保ちつつ、現場では追い詰められつつ、みたいな感じで。ここまで精神的に負荷がかかることは今までなかったので、これだけどろどろした人間の負の感情にまみれた作品をやるときは、息抜きがすごく大事なんだなって今回、自分にとって大きな発見をしました。そういう意味では、龍平さんや澪ちゃんと3人で、しりとりをして遊んだたわいのない時間にも救われていたんだろうなって、今振り返ると思います。
-精神的に過酷な撮影を乗り越えた本作の中で、蓮佛さんが最も印象に残ったシーンを教えてください。
個人的には、最終回(第六話)です。第一話をご覧いただくと、有美はあまり人と関わることが得意ではない、内にこもるタイプに見えると思います。でも私は、これを有美の救いの物語にしたかったんです。岩森さんという異物が入ってきたことで、村のいろんなことが変わっていく中で、有美も大きく変化していく。そういうキャラクターだと思ったので、最終回に向けて彼女が変化していくように、逆算しながら演じていきました。その結果、有美の感情が最終回で爆発することになるので、ぜひ最後までご覧いただきたいです。
(取材・文・写真/井上健一)