NHKで放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。9月18日に放送された第36回「武士の鑑」では、歴史上有名な「畠山重忠の乱」が描かれ、激しい戦の末、鎌倉幕府を支えてきた御家人・畠山重忠が悲運の最期を遂げた。撮影開始から1年にわたって重忠を演じてきた中川大志が、主人公・北条義時(小栗旬)との壮絶な一騎打ち、和田義盛(横田栄司)との最後の対話など、名シーンが続出した撮影の舞台裏や自身の思いを明かしてくれた。
-重忠の乱のクライマックスの、重忠と義時の壮絶な一騎打ちに圧倒されました。あのシーンはどのようにして生まれたのでしょうか。
実はあのシーン、台本では「小四郎(=義時)と重忠の一騎打ち」と書かれているだけで、殴り合うことにはなっていませんでした。でも、第36回の台本が上がってきたときに話し合う機会があり、小栗さんから「あの一騎打ちは、きれいな立ち回りではなく、泥くさいものにしたい」というお話があったんです。重忠と義時は10代からの付き合いで、言ってみれば幼なじみ。最初は敵方にいたこともありましたが、重忠が源頼朝(大泉洋)に従ってからは、共に幾つもの戦いを乗り越えてきた仲間です。そんなことから、小栗さんが「幼なじみの2人が、最後は子どものけんかみたいに思いきり泥くさく戦えたらいいよね。俺は、畠山重忠という男にここで思い切りぶん殴られたいんだ」とおっしゃって。
-それは驚きです。
小栗さんの意見に僕も賛同し、監督やアクションチームと相談しながら、リハーサルを重ねてアクションを作っていきました。あの時代、素手で殴り合うことはあまりないんですけど、重忠の生きざまや信念、この戦いに懸ける意味みたいなものが、一発一発に凝縮できればと思って。その結果、すごく納得のいく最期になりました。
-撮影現場の様子を教えてください。
畠山重忠の乱は、久々に大掛かりなロケーション撮影で3日かけて行われました。この夏の暑さの中、スタッフの皆さんも本当に戦(いくさ)のような状態で、「死闘」と言っても大げさではない3日間でした。殴り合いのシーンは、その3日間の最後、小栗さんも僕も満身創痍(そうい)という感じで、体力的にもボロボロの状態で臨みました。体感ではあっという間、1、2分ぐらいの感覚だったんですけど、実際は10分以上殴り合っていたと思います。着物は破れ、よろいも至るところで破損し、最後は原形をとどめていないような状態。恐らく、歴代の大河ドラマでも、あそこまで着物とよろいが破壊されたことはないんじゃないでしょうか。
-そのすさまじさは画面からも伝わってきました。
大変な撮影でしたが、あの場面で僕のクランクアップを迎えさせていただけたのは、すごくありがたかったです。
-そして最後、義時にとどめを刺さずに去った重忠の胸中については、どうお考えでしょうか。
これに関しては、全てを解説してしまうのもどうかと思うんですが…。ただ一つ言えるのは、ここまでいろんなことの板挟みになり、苦しみながら駆け回る義時を一番近くで見てきたのが、畠山だと思うんです。周りからはあまり目を向けてもらえませんが、小四郎は裏でいろんなことをやり、人と人をつないで調整してきた。その姿を常に見てきたのが畠山。僕自身、そういうことを意識しながらやってきた1年間でもあったので。
その上で、次々と人が死んでいく時代の中、小四郎もいろんな人を葬り去ってきましたが、「死ぬ」ということがどういうことなのか、畠山が本気で示しにいったのがあのシーンだったのかなと。そしてこの先、鎌倉をどうにかできるのは、小四郎しかいないことも、畠山が一番分かっている。自分の思いをつなぐことができるのは、この人しかいないと。そんな思いで、畠山重忠の乱に向かっていました。
-重忠とそれほどの信頼関係を築き上げ、義理の兄でもあった義時役の小栗旬さんについて、撮影を通じて感じた印象を教えてください。
1年以上撮影をしていたので、小栗さんとは2人で馬の稽古に行ったり、一緒に食事に行ったり、いろんな思い出があります。後輩の僕らのことも引っ張って、かわいがってくれる兄貴のような存在で、すごく優しい先輩です。何より、「鎌倉殿の13人」という作品を、誰よりも好きなのが小栗さんなんですよね。小栗さんは、関わっているチームのみんなのことも大好きですし。それぐらい、常に自分を捧げていて、小栗さんの周りには自然と人が集まってくるんです。小四郎じゃないですけど、人と人とをつなぐ力がすごいな…と。「鎌倉殿の13人」に関わっているスタッフや出演者は、みんなそう言うんじゃないでしょうか。
-この作品に懸ける小栗さんの思いも伝わってくる素晴らしいシーンでした。ところで話は前後しますが、戦いの前に和田義盛が畠山を説得に来た場面も胸を打つものがありましたね。
あのシーンは、僕も台本を読んだ瞬間にグッときてしまい、堪えるのに必死で「三谷さん、ずるい!」と思いました。この戦で敵陣にいるのは全員、幼なじみのような顔ぶれ。中でも、和田義盛という毛むくじゃらのおじさんは(笑)、振り返ってみたら、畠山にとって第1回からずっと一緒にいるすごく大きな存在なんです。勝手にライバル視している和田義盛と、それを相手にしない畠山。両極端な2人がやり合っている様子が愛らしくて、かわいらしくて、僕も大好きでした。そんな2人が視聴者の方から愛されていたのも、すごくありがたかったです。その和田義盛が、仲間を代表して最後に会いに来るわけですから。三谷さんがそういうことを受け止めてくださって、あのシーンができたのかなと勝手に想像していました。
-その中で、普段は冷静な畠山が「戦など、誰がしたいと思うか!」と珍しく怒りをあらわにする一幕もありました。
この戦の何が苦しいって、誰も口にはしませんが「やらなくてもいい戦なのに、なぜこうなっちゃったんだろう?」と、みんなが分かっていることなんです。でも、武士として引き下がれないところまで来てしまった。そういう思いを抱えながらの戦なんですよね。1年間やってきて、畠山が感情を爆発させることはあまりなかったんですけど、あのシーンにはそういう「戦なんかしたくない」という気持ちと悔しさの二つの葛藤があったのかなと。
-その後の戦では、畠山が義盛の待ち伏せを見破るシーンもありました。
何が悲しいって、誰よりも畠山が一番、和田義盛のことを分かっているんです。言われなくても、全部先回りするぐらい、あなたのことは分かっていますよと。それぐらい一緒に戦ってきた仲間ということで、すごく苦しかったです。
-そういう中川さんの思いがあふれた見事な、畠山重忠の乱だったと思います。それでは最後に、重忠を演じ切った今の気持ちを聞かせてください。
今回で四度目の大河ドラマの現場でしたが、今までで一番長く作品に携わらせていただきました。最初にお話しを頂き、“畠山重忠”の名を初めて聞いたときは、どんな人物なのかよく知らなかったので、どのぐらいキャラクターを深めていけるのか、未知の部分もありました。でも、知れば知るほど、畠山重忠という人に引き込まれていき、後世に語り継がれる意味も理解していく中で、しっかりと畠山重忠を体現しなくては…という思いで最後までいました。畠山重忠と共に過ごした時間が長い分、「本当に終わってしまったんだな…」という寂しさもありますが、今はとにかく胸がいっぱいです。
(取材・文/井上健一)