「私が皆にこうして話をするのは、これが最初で最後です。源頼朝さまが朝敵を打ち果たし、関東を治めてこの方、その恩は山よりも高く、海よりも…」
集まった御家人たちにこう語り掛けた政子(小池栄子)は、ここでいったん話を止めると、用意していた原稿から目を離してこう続けた。
「本当のことを申します。上皇さまが狙っているのは、鎌倉ではない。ここにいる執権・義時の首です。首さえ差し出せば、兵を収めると院宣には書かれています。そして義時は、己の首を差し出そうとしました」
NHKで放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。12月11日に放送された第47回「ある朝敵、ある演説」のクライマックス、歴史に名高い「政子の演説」の場面だ。
幕府と朝廷の衝突が決定的となり、動揺する御家人たちを前に、政子が一世一代の演説を披露した。
これが御家人たちの心をつかみ、鎌倉方は結束して朝廷が派遣する官軍と戦うことになる。承久の乱を間近に控え、鎌倉の命運を決した名演説だ。
だが、冒頭に引用した今回の展開には、多くの視聴者と同じように筆者も驚いた。「頼朝さまの恩は山よりも高く、海よりも深い」は、この演説を象徴する有名な一節。ここまでも、視聴者の予想の裏をかき続けてきた本作とはいえ、これを言わずに済ませるとは思ってもいなかったからだ。
代わりに政子は、朝廷の狙いが義時(小栗旬)の首であること、鎌倉を守るため、義時は自らの首を差し出そうとしていることに加え、これまでの義時の非情な決断が、鎌倉を守るための私欲のない振る舞いだったことを訴え、御家人たちの心をつかむ。
仮にこの演説、史実通り政子が、頼朝の恩のみを切々と訴えて終わったとする。確かに、それでも御家人たちの心をつかみ、自らの命を差し出そうとしていた義時を救うことはできたかもしれない。だがそれでは、ここまで「鎌倉を守る」という信条を貫いてきた義時の生き方に筋を通すことができず、消化不良感が残ったはずだ。
敵対する者、信頼する仲間、血を分けた肉親と、あらゆる犠牲を払って鎌倉を守り抜いてきた義時が、最後は自分までも犠牲にする覚悟を示すことで、誰もが納得する主人公となる。義時という主人公の存在を踏まえると、本作における「政子の演説」は、やはりこの展開しかなかったのだと思えてくる。
しかも、「頼朝さまの恩は山よりも高く、海よりも深い」の一節は、あらかじめ原稿にしたためていたことにして、史実との整合性にも配慮。さらに最終的には「速やかに、上皇さまを惑わす奸賊どもを打ち果たし、3代にわたる源氏の遺跡を守り抜くのです。頼朝さまの恩に、今こそ応えるのです」と史実に即した形で着地している。
視聴者の裏をかくアイデアが、単に意表を突くだけの思い付きに終わることなく、史実との整合性にも配慮した上で、説得力あるドラマを作り上げる。これは、そう簡単にできることではない。
これまで三谷幸喜が脚本を手掛けた大河ドラマ3作全てに出演している山本耕史(三浦義村役)は、本作における三谷脚本の魅力をインタビューで次のように語っている。
「大河という世界の中で、確実に磨きがかかってきています。スピード感や、エピソードを省略する際の切れ味とか。いい意味で『視聴者の期待を裏切っていく斬新さ』というか、大河ドラマだったら絶対に描くような史実や表舞台を、三谷さんは描かなかったりするじゃないですか。普通だったら、『弁慶の仁王立ち』のような名場面は見たいはずなんです。でも、そこは描かず、お堂にこもっている義経(菅田将暉)の姿を見せて、『そのとき、彼らは何をやっていたんだろう?』ということを、それ以上に面白く描く。こういうのは、三谷さん以外ではあまり見たことがありません」
今回の政子の演説を見てこの言葉をかみしめるとともに、改めてその妙技に舌を巻いた。ますます磨きがかかる三谷脚本が、1年にわたるこの物語にどんな形で決着をつけるのか。残るは、全く予想がつかない最終回のみ。かたずを飲んでその時を待つばかりだ。
(井上健一)