瀬名役の有村架純(左)と千代役の古川琴音 (C)NHK

 NHKで放送中の大河ドラマ「どうする家康」。6月4日放送の第21回「長篠を救え!」では、武田軍に包囲された長篠城から、徳川領の岡崎まで救援を求めに走った鳥居強右衛門(岡崎体育)の活躍が描かれた。

 歴史に残る逸話として、番組終了後の「どうする家康ツアーズ」でも取り上げられた強右衛門のエピソードだが、改めてこの回を振り返ってみると、それを導き出したのが、家康の妻・瀬名(有村架純)であることに気付かされる。

 武田軍に包囲され、窮地に陥った長篠城主の奥平信昌(白洲迅)は、救援を求めて強右衛門を岡崎に派遣する。それを知った主人公の徳川家康(松本潤)は、織田信長(岡田准一)に「助けに来なければ、織田と手を切り、武田と組む」と、半ば脅すように援軍を求める。

 これに応じて、自ら軍を率いて出陣してきた信長だったが、逆に家康は「同盟を破棄するので、自分の家臣になれ。断れば敵とみなす」と脅されることに。その言い分に憤慨した家康は「何故、今さらお主の家臣にならねばならんのか!」と信長の一方的な提案を拒否する。

 交渉決裂かと思われたそのとき、その場をうまく収めたのが、瀬名だった。立ち去ろうとする信長の前に強右衛門が飛び出し、「長篠を救ってくださいまし!」とすがりつくと、家康の娘・亀姫(當真あみ)も「どうか仲直りしてくださいませ」と膝をつく。それを見た瀬名は、おもむろに信長の前に進み出ると、落ち着いた様子でこう告げる。

 「わが夫は、織田様の臣下となるを拒むものではございませぬ。ただ、これは家臣一同に関わる事柄ゆえ、よく話し合う猶予をいただきたいまで。ひとまずこのことは脇に置いて、 長篠を救うことを先になさってはいかがでございましょう」

 強右衛門や亀姫がひたすら懇願したのに対して、瀬名の言葉には具体的な解決策が示されていた。この一言が緊迫した場の空気を変え、気を取り直した信長は「ほんの余興でござる」と長篠への援軍を約束する。こうして強右衛門は援軍が来ることを知らせに長篠へと駆け戻り、数百年にわたって語り継がれる伝説へと物語は回収された。

 このときの瀬名の行動が、第19回でお万(松井玲奈)から告げられた「政もおなごがやればよいのです。そうすれば、男どもにはできぬことが、きっとできるはず。お方様のようなお方なら、きっと」という言葉に影響を受けていることは間違いないだろう。かつて領内で一向一揆が起きた際、瀬名が家康から「おなごが口を出すな」ととがめられた(第8回)ことを思うと、その役割は大きく変わった。

 だがその一方で瀬名は、この回の冒頭で武田側の忍びである千代(古川琴音)と密会。「私とあなたが手を結べば、何かができるんじゃないかしら? 徳川のためでも、武田のためでもなく、もっと大きなことが」と話し合う姿も描かれていた。

 この行動がどう出るのかは、史実を振り返ればおおよその想像がつくが、そこに込められた瀬名の思いは、いずれ家康の「天下泰平」という目標に受け継がれていく気がしないでもない。

 以前も指摘したが、本作で家康は女性たちにたびたび危機を救われてきた。勇ましい男たちが群雄割拠した戦国時代。乱世に終止符を打ち、天下泰平の世を導いた家康を女性たちが支えていたという視点は、本作の特徴の一つに思える。そういった意味では、女性たちの動きに注目すると、また新たな物語の魅力が見えてくるのではないだろうか。

(井上健一)