稲垣吾郎(ヘアメーク:金田順子(June)/スタイリスト:栗田泰臣) (C)エンタメOVO

 NHK Eテレでは教育バラエティー番組「ワルイコあつまれ」や「趣味の園芸」に出演し大きな話題を集め、主演映画『正欲』の公開も控えるなど、多岐にわたって活躍を続ける稲垣吾郎。10月6日からは、主演舞台「多重露光」が開幕する。モボ・モガプロデュースによる最新作となる本作は、脚本を横山拓也、演出を眞鍋卓嗣が務める舞台。稲垣が演じる町の写真館の2代目店主・山田純九郎にまつわる物語が展開する。稲垣に作品の見どころや意気込み、さらにはカメラにまつわる思い出などを聞いた。

-脚本を読んで最初に感じた本作の魅力を教えてください。

 最初はすごく不思議なお話だと思いました。庶民的な人情劇なのかなと思ったら、実はそうでもなくて、つかみどころがない横山さんらしい世界だなと。一見すると、普通の人物に見えるのですが、よくよく見ると不思議なキャラクターたちの集まりですし、読み終わった後も余韻が残り、考えさせられる作品だったので、面白いと思いました。これぞ横山さんワールドなのかなと思います。

-稲垣さんが演じる純九郎という人物は、どんな人物だと感じていますか。

 幼少期に母親から言われた言葉によって、逆に自分らしく生きることができずにいる人物です。純九郎は、40歳を過ぎていますが、自分が望んでいた家族の形を得ることができなかったという思いを今も抱えています。本当の自分の生き方を見つけることができていないんですよね。生きているといろいろな人間関係が生まれて、その中で家族というものへの見方も変わっていくものです。解決できていない問題があったとしても、大人になるとある程度は“ふたをする”ことを覚えていくと思うんです。忘れて生きていったり、逃げ道を見つけたり、それぞれに対処法を見つけていくものですが、純九郎は今でも家族にとらわれているので、それが僕には意外にも感じました。もちろん、そういう人もたくさんいるとは思うのですが、僕自身は全くそういうことがなかったので。

-なるほど。

 振り返ってみると、僕は本当に愛情に恵まれた家庭で育って、トラブルもなく、まだ誰かの死というものも経験していないんですよ。親もまだ元気ですし、姉にも家族がいて元気に暮らしている。僕は、親から言われた一言が呪縛となって、ずっと引っかかっているということもないので、改めて、自分は本当に恵まれていたんだなと思います。そう考えると、自分とは似ていない環境にいる純九郎ですが、ただ、純九郎が抱えている問題やこの作品で描かれていることは、家族だけに限らず、自分の中で解決できないことや引っかかっていることがあったり、思い悩んでいる人にも響く作品になればいいなと思って臨んでいます。

-舞台「サンソン―ルイ16世の首を刎ねた男―」は稲垣さんからの発信でスタートした作品だと聞いていますが、今回は、どういった形でこの作品と出合ったのですか。

 スタッフの方から、横山さんというとても魅力的な才能のある劇作家さんがいるとお聞きしたのが出会いです。僕はこうしたストレートプレーに出演したことがなかったので、ずっとやりたいと思っていたんですよ。最近は特に、スケール感の大きい演劇やミュージカルが多かったですし、こうした会話劇は実はやってきているようでやってきていないので興味があったこともあり、ぜひと思って今回の形になりました。

-先ほど、似てないと言っていましたが、稲垣さんをイメージするような人物像も見受けられました。あてがきだったのでしょうか。

 多少はあると思います。横山さんが、テレビやグループでの活動などを見てくださって感じた僕に対するパブリックイメージや、僕のラジオを聞いてくださったり、(稲垣が主演している)阪本順治監督の『半世界』を見て再発見してくださった僕を書いてくださったのかなと思います。それから、横山さんも写真がすごく好きで、芸術の勉強をされていたそうで、お話する機会をいただいたときにフィルムカメラのお話で盛り上がりました。なので、そんなお話を書いてくださっていると思います。

-本作の出演が決まったときにも「最近、写真に興味を持っています」というコメントを出していましたが、稲垣さんはどんな写真を撮るんですか。

 僕は何を撮ればいいのか迷っているタイプです。向いてないんです、カメラマンに(苦笑)。なので、すごく撮りたいものがあるわけではない人はカメラを持ってはいけないんじゃないかとも思っています。もしかしたら、撮ることよりも、カメラという機材のかっこよさや機械としての造形美に引かれているというところが大きいのかもしれません。特に、機械式カメラやフィルムカメラには、その思いが強い。僕は、機械式カメラが本当に好きで、一番古いものだと1920年代のものを持っているんですよ。恐ろしく古いですよね、100年前ですから。フィルムカメラは2000年ごろにはほとんどの機種がデジタルに移行しているのですが、その過渡期のカメラも持っていますし、ライカのカメラはコンプリートしてます。本当に大好きで、たくさん買っちゃいました(笑)。自分でも、オタク気質だなとは思うんです(笑)。元々は、フィルムで花や植物とか撮るのが好きだったんですが、植物も撮るのが難しくて。でも、お散歩して、草花を撮ったり街の景色を撮ったりしています。人に見せられるようなものではないので、なかなかお見せできるものはないですが、いつか写真展もできたらいいなと。それから、暗室を作って、フィルムの現像も自分でしています。ただ、自分の撮ったものよりも、周りの人に頼まれたフィルムや、フィルムをプレゼントしてお願いして撮ってきてもらったものを現像することが多いですね。ラジオで一緒にパーソナリティーをやっている吉田明世さんの家族の写真も現像しましたよ(笑)。現像は好きなんです。暗室にこもって現像する作業が大好きです。

-これまで、写真を撮られる機会も多かったと思います。

 そうですね。撮られることの方が多いですね。もちろん、フィルムでもたくさん撮っていただきました。今は9割以上がデジタルですが、最近はフィルムも増えてきていますよ。大企業さんの広告でも、フィルムで撮影していることがあります。

-では、何か印象に残っている撮影や写真はありますか。

 どのカメラマンの方も皆さんそれぞれ唯一ですし、本当にいつもすてきな写真を撮っていただいていると思います。ただ、印象に残っている写真を挙げるとすれば…アラーキーさん(荒木経惟)が撮っている「男の肖像画シリーズ」というモノクロのポートレートがあるのですが、僕が以前出演していたテレビ番組でその企画の写真を撮っていただいたことがあったんですよ。それをアラーキーさんがプリントしてくださったんです。そのモノクロの写真は、今でも大切に持っていて特別な1枚になっています。やっぱりカメラマンさんから実際にプリントしていただくと本当にうれしい。そうしてプリントしていただいたものは、そのアラーキーさんの写真に限らず、全部大切に持っています。今はネットでアーカイブとして昔の自分の写真を見ることもできるので、そうしたアーカイブを見直すこともあります。写真を見ると当時のことも思い出すので、自分の歴史を振り返るのにもいいんですよね。

-ところで、映像作品やラジオなど、多方面で活躍されていますが、稲垣さんにとって舞台に出演することについては、どんな思いがありますか。

 舞台がすごく好きだというシンプルな思いです。同じ時間、同じ場所をお客さんと共有できるというのは、すてきなことですよね。しかも、舞台は、毎回同じものはできない。お客さんによっても作品が変わってくるので、そうしたライブ感が僕は好きです。それに、素の自分では照れてしまうようなことも、役を演じていると自分が大きくなった気がして恥ずかしくないんですよ。僕は、基本、人前に出るのが恥ずかしいんです。向いてないんですよ、芸能人(笑)。でも、舞台では、役を演じて、決まったせりふを言えばいいので安心感もある。表現としてはすごく自分に合っていると思います。

 もちろん、テレビでできること、映画でできることも色々とありますが、舞台でしかできないこともある。例えば、僕がテレビでベートーベンを演じるのはきっと無理ですよね。もし、頑張ってやったとしても違和感があると思う。それに、彼の生涯を2時間に集約して作るのも映像では大変なこと。でも、舞台では、僕がベートーベンを演じても違和感はないし、生涯も描くことができる。どんな役でも演じられるというのは、舞台ならではだと思います。

-そうした舞台の面白さには、いつ頃気付いたのですか。

 22、3歳のころに出演した、作・つかこうへいさん、演出・いのうえひでのりさんの「広島に原爆を落とす日」という作品です。本当に大変だったんですよ(苦笑)。まだ舞台経験も少なくて、自分の中では初めての挑戦ばかりだったので。

-どんなところが大変だったのですか。

 まずは、物理的に大変(笑)。せりふも多いし、エネルギーも使う。テーマも重い。ただ、テレビで自分が求められているものと、舞台で自分が求められているものの違いを感じて、そこに魅力を感じました。テレビでは、僕たちはエンターテイナーで、アイドルとしてやってきたので、なるべく多くの人に平均的に刺さるように親切に表現していくことが必要でしたが、舞台作品では必ずしもそうである必要はなかった。ある一定のターゲットに向けて作っている作品も多いので、それがすごく新鮮でした。エンターテインメントの世界に生きるものとして、特にそうしたテレビでは許されないような、挑戦的な作品に参加できるというのが魅力でもありました。それから、毎回リセットできるというのも舞台の良いところだと思います。僕は、何か一つでも失敗してしまうと、それが心に残って反省を繰り返してしまうんですよ。でも、舞台ならば、次の日にまたやり直せる。そうやって、舞台の魅力を上げ出したらきりがない(笑)。それくらい僕には魅力的なものです。今回も新しい挑戦になるので楽しみです。

(取材・文・写真/嶋田真己)

 モボ・モガプロデュース「多重露光」は、10月6日~22日に、都内・日本青年館ホールで上演。