「情けではない。幸せになることは、生き残った者の務めであると、わしは思うぞ」
NHKで好評放送中の大河ドラマ「どうする家康」。9月24日放送の第36回「於愛日記」で主人公・徳川家康(松本潤)が語った言葉だ。
この回、家康は、かつて武田の忍びとして数々の謀略に関わった女・千代(古川琴音)の行方を探させる。だが、その命を受けた鳥居元忠(音尾琢真)は、千代を発見しながらも、ひそかにかくまっていた。それは元忠が、忍びの過去を捨て、静かに暮らしたいと願った千代に同情し、妻にしたいと願ったためだった。それが発覚し、家康の裁きを受けることになったものの、その口から飛び出したのは、「もとよりわしは、千代を恨んでおらん」という意外な言葉だった。そして下されたのは、「忍びの過去を捨て、鳥居元忠の妻となるがよい」という寛大な処分。これを、「今さら、人並みの暮らしが許されるものでございましょうや。お情けなら無用に」と拒もうとする千代に向けて、家康が放ったのが冒頭の言葉だ。
家康のこの処置に、思わず「おっ!?」となった。一手間違えれば、即、死につながりかねない戦国時代。本多忠勝(山田裕貴)のように、「真田の忍びでは?」と千代を疑っても不思議ではない。いやむしろ、その方が普通だろう。だが、家康は千代を信じた。その理由を、家康は次のように語っている。
「そなたは、かつてわれらが夢見た世を、穴山梅雪らとともに目指した一人と心得ておる」
この言葉は、かつて大名同士の同盟を持って平和な世を築こうとした瀬名(有村架純)の計画に、千代も関わっていたことを指している。その時、家康も千代と顔を合わせ、言葉を交わしたことがある。その際、千代自身も戦に巻き込まれて家族を失い、生きるために忍びになった過去が明かされていた。
直接顔を合わせ、言葉を交わし、その人柄を知っていたからこそ、家康は千代を信じることができたのだ。
そしてその家康の優しさは、元をただせば瀬名の優しさでもあり、この場においては家康自身が「わしは、於愛の助言に従ったまでじゃ」と語った通り、於愛の方(広瀬アリス)の優しさでもある。つまり、彼女たちの優しさが家康の優しさに連鎖し、千代を救ったともいえる。さらに言えば家康の優しさは、そばで見ていた忠勝の娘・稲(鳴海唯)の心も動かし(たに違いない)、拒んでいた真田家への嫁入りを受け入れさせた。こうして、家康にとって大きな悩みだった真田家との確執も解決し、領地問題で争っていた北条家との戦も回避する方向で決着。つまり、家康の優しさがすべてを丸く収めたともいえる。
最終的にその努力は、豊臣秀吉(ムロツヨシ)のちゃぶ台返しによって水泡に帰すこととなったが、だからといって、家康が優しさを捨てるとは思えない。優しさを持つ家康が、天下人・秀吉のわがままにどう向き合っていくのか。その期待も含めて、人同士が顔を合わせて言葉を交わし、優しさをもって相手と接することの尊さを教えられた回だった。
(井上健一)