「どうする家康」(C)NHK

「かつての底知れぬ怖さがあった秀吉ならば、そんなことは口にすまい。目を覚ませ。みじめぞ、猿!」

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「どうする家康」。10月8日放送の第38回「唐入り」で、主人公・徳川家康(松本潤)が、太閤・豊臣秀吉(ムロツヨシ)に向けて放った言葉だ。

 この回、天下統一を果たした秀吉は、全国の大名たちを集め、朝鮮への出兵を決行する。しかし、破竹の快進撃という報告とは裏腹に、苦戦続きの実情を知った家康は、石田三成(中村七之助)と共に、秀吉に現地入りを思いとどまるよう進言。さらに、茶々と対面し、彼女が秀吉を惑わせる元凶と悟った家康は、「茶々様は遠ざけられるべきと存じます」と告げる。これに、「図に乗るなよ。わしは太閤じゃ。その気になれば、徳川くらいつぶせるぞ」と脅してきた秀吉に屈することなく、家康が返したのが冒頭の言葉だ。

 2人の本音がぶつかり合う緊迫したやり取りに、思わず息をのんだ。と同時に、演じる松本とムロ、2人がこれまで積み重ねてきた役の厚みをしみじみと思い知らされた。この前、現地入りにこだわる秀吉に対して、家康が「どうしても参られるのであれば、この家康、ここで腹を召しまする!」と決死の覚悟で制止した場面と併せ、2人の名演が光った。

 序盤を思い出してほしい。困難に直面するたび、「どうすりゃええんじゃ!?」とうろたえていた若い頃の家康と、初登場の際、柴田勝家(吉原光夫)に意味もなく尻を蹴られていた駆け出しの秀吉。そんな2人が、幾多のやり取りを経て権力の頂点に立ち、こんな息詰まるやり取りを繰り広げるとは、想像できただろうか。だが、松本とムロが長い時間をかけて積み上げてきた役の厚みは、家康と秀吉の成熟と老いに十分な説得力を与え、この名演につながった。

 そしてもう一人、この回で忘れてはならないのが、家康と秀吉を翻弄(ほんろう)する茶々役の北川景子の存在だ。茶々の母・お市と一人二役のキャスティングには驚いたが、両者を的確に演じ分ける北川の芝居には、役者としての力量を思い知らされた。

 その真価が発揮されたのが、茶々が家康の下を訪れた際のやり取りだ。母・お市の思い出から話を切り出し、かつて親しかった2人の関係を家康の脳裏によみがえらせると、その心の隙を突き、「茶々は、あなた様に守っていただきとうございます」とすがりつく。これに思わず、「もちろん、お守りいたします」と答えてしまう家康。

 この後、家康が秀吉に「あのお方は、どこか計り知れぬところがございます。人の心に、いつの間にか入り込むような…」と語る場面があるが、北川の芝居はそのせりふを見事に引き立てていた。それは、お市と茶々を共に北川が演じたからこそ、両者の面影が重なって生まれた説得力といえよう。これもまた、別の意味で役の厚みを感じる名演だった。

 これまでも書いてきたことだが、1人の役者が長く演じることで生まれる役の厚みと説得力は、大河ドラマの大きな魅力となっている。それは当然、前半よりも後半になって発揮されてくるものだ。この3人に限らず、これから終盤にかけて、これまで役を積み重ねてきた俳優たちの名演が、さらに見られるに違いない。ドラマの行方が気になると共に、そんな期待も高まる第38回だった。

(井上健一)