『きっと、それは愛じゃない』(12月15日公開)
ドキュメンタリー映画監督のゾーイ(リリー・ジェームズ)、は幼なじみで医師のカズ(シャザト・ラティフ)と久々に再会し、彼が見合い結婚をすると聞いて驚く。今の時代になぜ親が選んだ相手と結婚するのか疑問を抱いた彼女は、カズの結婚までの軌跡を追う新作ドキュメンタリーを撮影することを思いつく。
ゾーイ自身は運命の人の出現を待ち望んでいるが、駄目男ばかりを好きになり失敗を繰り返していた。そんな中、条件の合う相手が見つかったカズは、両親も交えたオンラインで見合いを決行。数日後、カズから婚約の報告を受けたゾーイは、これまで目をそらしてきたカズへの思いに気付くが…。
シェカール・カプール監督が、異民族が暮らすロンドンを舞台に描いたラブストーリー。エマ・トンプソンがゾーイの母を演じ、カズの母をインドの名女優シャバーナー・アーズミーが演じた。
冒頭で、ドキュメンタリー映画のプロデューサーたちが、ゾーイのアイデアを聞きながら、『恋人たちの予感』(89)や『ラブ・アクチュアリー』(03)のタイトルを挙げるが、そうすることでその後の展開を明らかにしているともいえる。否、結末は最初から予想がつくか。要はどのようにしてその結末まで持っていくかということ。
その点、この映画は、カズの一家をパキスタン移民にしたことで話に新味と幅ができた。ゾーイが撮るドキュメンタリーを通して、彼らとイギリス人との文化や宗教、結婚観や価値観の違いが透けて見えるところがあるからだ。カズがゾーイに語る「僕たちは隣同士に住んでいるけど別の空間にいる」というせりふが象徴的だ。
また、先に公開された石井裕也監督の『愛にイナズマ』同様、カメラを向けられた人が“演技”をするところも面白い。カメラを回し続けることでいろいろなことに気付くゾーイの姿も『愛にイナズマ』の主人公・花子(松岡茉優)と通じるところがあった。
いずれにせよ、『ベイビー・ドライバー』(17)や『イエスタデイ』(19)に続いてリリー・ジェームズがチャーミングなので、点数が甘くなる。そして若い2人に対して「早く自分の気持ちに正直になれ」とばかりに親目線で見ていた気がする。
『枯れ葉』(12月15日公開)
フィンランドの首都ヘルシンキ。理不尽な理由で失業したアンサ(アルマ・ポウスティ)と、酒に溺れながらも工事現場で働くホラッパ(ユッシ・バタネン)は、カラオケバーで出会い、互いの名前も知らないまま引かれ合う。しかし不運な偶然と過酷な現実が邪魔をして、なかなか2人を交わらせない。
フィンランドの名匠アキ・カウリスマキが5年ぶりにメガホンを取り、孤独を抱えながら生きる男女の出会いを描いたラブストーリー。ヤンネ・フーティアイネン(ホラッパの同僚役が傑作)、ヌップ・コイブが共演。今年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。
カウリスマキ監督による『パラダイスの夕暮れ』(86)『真夜中の虹』(88)『マッチ工場の少女』(90)の労働者3部作に連なる4作目に当たり、適度なユーモアと皮肉を交えながら、厳しい生活の中でも生きる喜びと誇りを失わずにいる労働者たちの日常を映し出す。ラジオから頻繁に流れるウクライナ情勢がアクセントになる。81分の小品の佳作。
興味深かったのは、映画に関するネタだった。2人が一緒に見た映画はジム・ジャームッシュのゾンビ映画『デッド・ドント・ダイ』(19)。映画館から出てきた観客の1人が「(ロベール・)ブレッソンの『田舎司祭の日記』(51)のようだった」と言うと、もう一人が「いや、(ジャン・リュック・)ゴダールの『はなればなれに』(64)のようだ」と応じる。
また、ホラッパがアンサの電話番号のメモを落とし、なかなか会えない2人が、1人で所在なく映画館の前にたたずむシーンは、背景のポスターが次々に替わって面白い。
例えば、デビッド・リーンの『逢びき』(45)、ドン・シーゲルの『殺人者たち』(64)、ゴダールの『気狂いピエロ』(65)、ジャン・ピエール・メルビルの『仁義』(70)、ジョン・ヒューストンの『ゴングなき戦い』(72)、フー・マンチュー、ブリジッド・バルドー、恐竜もの…。
そしてアンサの犬の名前はチャップリンで、ラストシーンは『モダン・タイムス』(36)を思わせる。これらはカウリスマキの趣味を反映したものだろうが、映画好きなら思わずニヤリとさせられる。
(田中雄二)