西郷吉之助役の鈴木亮平

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「西郷どん」。4月22日に放送された第15回「殿の死」は、物語の大きな転換点となった。主人公・西郷吉之助が全身全霊を懸けて仕えてきた主君・島津斉彬が、志半ばで非業の死を遂げたのだ。

 主人公こそ西郷吉之助だが、激動する幕末の世の動きを見極め、幕政改革を目指すなど、ここまで物語を牽引してきたのは斉彬。吉之助は、斉彬の下でその指示に従って動いてきたに過ぎない。いわば斉彬は、影の主役だったとも言える。

 その斉彬が姿を消した今後は、名実ともに吉之助が物語を引っ張っていくことになる。その片鱗は、4月29日に放送された第16回でも垣間見ることができた。

 斉彬の死を知った吉之助は、「弔い合戦だ」と血気にはやる仲間を制し、幕政改革という斉彬の遺志を実現するため、ある策を実行に移す。結果的にその策は失敗し、月照を連れて薩摩に逃げる羽目になったものの、吉之助を軸に物語が動き出す気配は十分に感じられた。

 今後、吉之助の行く手にはさまざまな困難が待ち受けるが、斉彬の死からいかに立ち直り、明治維新への道を歩んでいくのかが見どころとなるはずだ。その意味では、第15回で斉彬が吉之助に語った「今からおまえはわしになれ」という言葉は、主役交代を告げる象徴的なせりふだった。

 そしてそれは同時に、吉之助を演じる鈴木亮平にとっても、主演俳優として真価を発揮する時期が来たことを意味する。4月1日に放送された「西郷どんスペシャル」を見ても分かる通り、鈴木は斉彬役の渡辺謙から多くを学んできた。

 大河ドラマ初出演の鈴木にとって、「独眼竜政宗」(87)、「炎立つ」(93)と二度にわたって大河ドラマに主演した経験を持つ渡辺の存在は支えになったはずだ。そう考えると、鈴木と渡辺の関係が、そのまま劇中の斉彬と吉之助の関係に重なって見えてくる。視聴者の中にも、渡辺の重厚な存在感と厚みのある演技に魅了された人は少なくないだろう。

 その渡辺が抜けたことで、鈴木の肩にかかる期待と責任は、今まで以上に大きなものとなる。大きな試練だが、俳優として越えるべきハードルとも言える。だが筆者は、必ずやそのハードルを乗り越え、一回りも二回りも成長した姿を見せてくれると確信している。見る者を引き付ける熱のこもった芝居、インタビューで共演者たちがそろって口にする気配りのできる明るい人柄。作品を引っ張る座長として、これまでも鈴木は申し分ない働きをしてきたからだ。

 また、大久保正助役の瑛太、篤姫役の北川景子ら、レギュラー陣に加え、今後は愛加那役の二階堂ふみ、坂本竜馬役の小栗旬など、新たな出演者も続々と登場してくる。近い世代の俳優たちとの共演は、渡辺の薫陶を受けた鈴木の芝居にさらに磨きをかけるに違いない。その結果、西郷吉之助という主人公自体も、斉彬の下で動き回っていた今までとは一味もふた味も変わってくるはずだ。その期待を胸に、数々の波乱が待ち受けるドラマをこれからも見守って行きたい。(井上健一)