神田伯山(スタイリスト:石川 美幸 (B.I.G.S.)) (C)エンタメOVO

 集団失踪事件の謎を追って地下世界「クラガリ」に足を踏み入れた私立探偵の活躍をレトロな世界観で描いた、塚原重義監督の長編アニメーション映画『クラユカバ』が4月12日から全国公開される。本作で探偵社を営む主人公の荘太郎の声優を務めた講談師の六代目・神田伯山に話を聞いた。

-まず、今回、声優をすることになった経緯からお願いします。

 活動写真弁士の坂本頼光先生が、塚原重義監督とは10年ぐらい前からの知り合いで、今回は頼光先生経由でお話がありました。僕は正直なところ、プロの声優の映画しか見たくないと思うぐらい素人が嫌いなので、自分が出るということにはものすごく抵抗があったんです。とはいえ大変光栄だなと思い直し、チャレンジしてみました。

-実際に声優をやってみて、ご自分が持っていたイメージとは違いましたか。

 もちろん、難しいということは事前に分かっていましたが、例えば「んっ?」という疑問のせりふ、これだけで15回ぐらい録り直しました。ここまで1音1音にこだわって作るのはすごいことだと心の底から思いましたし、勉強にもなりました。作り方が職人の作り方なんです。こういうことに携わらせていただけたのはうれしかったです。プロの集団ですね。だから、そういう意味でも、出てよかったなとつくづく思いました。

-アフレコは、絵を見ながら一人でやったのですか。

 そうです。要するに僕が素人なものですから、僕にとってベストな環境を作っていただきました。だからほかの人との掛け合いもありません。それで、他の声優さんは、僕が吹き込んだものを聞いてから声を当てているので、基準が分かるというか、「ああ、伯山がこんな感じだからこういうふうに合わせてあげよう」という、プロの優しさに包まれて出来上がっていると思います。声優さんは、120パーセントを声で表現をされるすごい仕事だと思うんですけど、講談は感情移入をあえて全力ではやらないんです。部分的にポンっとやるんです。極端に言うと、棒読みに近いところの方が逆に効くという時もあって、だから全部を120パーセントではやらない芸能なんです。それをやるとお客さんが疲れちゃうから。部分的に一番強調したいところでポンっとやるからいいわけです。そういう基本的なところが違うので、そこが難しい。普段の自分とは違うパターンでやるというのは大変ですが面白かったですね。

-特に印象に残ったシーンは?

 冒頭の探偵社のドアを開けるところですね。あそこが、初めてお客さまに声を聞かせるシーンだったので、荘太郎がどういう人生を送ってきたのか、どういう過去があるのだろうと、何となく空気感で味わわせないといけないと思いました。第一印象が大事かなと思ったので、結構気合を入れてやりました。講談師の癖で、最初と最後を大事にしろというのがあるんです。「切れ場よければ全てよし」みたいな。講談は、最後のところが魅力的だと、間(あいだ)がちょっとふわふわしていても、きれいに余韻が残っていい感じになるんです。だから、僕が特に気合を入れたのは最初と最後ですね。そこらへんが講談の力の入れ方なんです。

-この作品は、昭和初期のようなレトロな世界観がよく出ていますが、伯山さんはどのように感じましたか。

 探偵とレトロはぴたっと合うなと思いました。探偵という職業はやっぱりどこかミステリアスだし、探偵の奥にあるものは不思議な世界だと思うんです。映画の時代背景は明言されていませんが、昭和の時代ってどこかうさんくさくてインチキくさいところもあって、すごく閉ざされていて、良くも悪くも隠ぺいされているとこもある。だから探偵が何かを発見していくというのとは非常に相性がいい。僕はこのレトロな雰囲気を持つ塚原監督の作品と探偵はばっちりハマるという印象を受けました。でも、ただのレトロではなくてあり得ないキャラクターも出てきて、現代の令和のエッセンスみたいな味付けもされているので、ただ過去を振り返るだけではなくて、ちょっと未来も向いているような空気というのは、とてもこの主題に合うと思いました。

-声優は難しかったということですが、アフレコをしながら何か感じたことはありましたか。

 僕は現場がきつい方が仕事としてはいいんじゃないかと思います。黒澤明や小津安二郎の映画は明らかにきつい現場だったろうと思います。ものにもよるでしょうが、きつい現場だったからこそ後世に残るものができたんじゃないかなと。僕は、すごく葛藤して、どうしたらいいんだと悩んで、迷った上で作っている人の映画の方が見たいです。だから、そういう意味では、今回はいい映画になったんじゃないかなと思います。僕と監督との間には、本当に終わるのかという緊張感がありました。だから、その葛藤を経て、ちゃんと厳しくやってくれて、最後にオーケーとなったので、ああ良かったなと。それがいい現場の証しじゃないかと思いました。もっとも本当に声優がしっかりしていたら、すぐ終わると思うんですけど(笑)。それを証拠に他の声優さんはビシッとすぐ終わったそうです。さすがですね。

-塚原監督の印象は?

 監督は、岡本喜八の映画が好きだと言っていて、でも岡本監督はちょっと異色じゃないですか、『ジャズ大名』(86)とか『独立愚連隊』(59)もそうですけど、ポップな作品がいろいろある。監督はあのポップさみたいなものに憧れていると思うんですけど、この映画に関してもそれを感じます。これからさらに、岡本喜八色がどんどん出てきて、より面白い映画をますます撮っていかれるんでしょうね。「クラガリにひかれるな」という印象的なせりふがこの映画にありますが、塚原監督の今後はますますひかれるものになるでしょう。

-観客に向けて、映画の見どころをお願いします。

 レトロというノスタルジーもありながら、ちょっと未来も感じさせる独特の世界が描かれています。しかも、老若男女誰でも楽しめる映画になっています。刺さるポイントはおのおの違うと思いますが、とにかく絵柄に没入感があるので、すっと入り込みやすいというのが注目ポイントです。入り込んだら、またその先に面白い世界が待っていますというのはお伝えできるかなと思います。それから、見終わった後で、「あれ、どんな話だったっけ」と思うような、ちょっとトンネルに入るみたいな話になっています。だから、この映画に関しては、印象派の美しい絵を見るみたいな、そういう鑑賞スタイルの方がいいんじゃないかなと。どこへ連れて行かれるのか分からず、最後まで行っても、何か夢を見ていたみたいな、そういう体験ができると思います。

-今後も声優の話が来たら…。

 主役はこれが最後でいいかなと。もし続編ができて荘太郎の話が来たら、責任としてやらなければいけないとは思いますが、やっぱりプロの方がいいよという思いは強いですね。ただ、あえて僕を主役の荘太郎役に持ってきてくれた心意気はすごくうれしいなと思います。でもそれに応えられたかどうかは、お客さんが決めることかなと。

(取材・文・写真/田中雄二)