岡山天音(C)エンタメOVO

 9月27日公開の『Cloud クラウド』は、ネット上でさまざまな商品の転売を繰り返す“転売ヤー”の主人公・吉井良介(菅田将暉)が、自らの行為が生んだ悪意の集団によって追い詰められていくサスペンスだ。吉井を追い詰める集団の1人、三宅を演じるのは、『キングダム』シリーズや『ある閉ざされた雪の山荘で』(24)など、数々の作品で多彩な役を演じる若手実力派俳優・岡山天音。『スパイの妻』(20)でヴェネチア国際映画祭監督賞を受賞するなど、世界的に知られる黒沢清監督作品への出演は初となる。初めて経験した巨匠の現場を振り返ってもらった。


-黒沢監督の作品に初出演となりましたが、出演が決まった時のお気持ちは?


 黒沢組に呼んでいただけたことを光栄に思いました。黒沢組を経験せずにキャリアを終える可能性もあった中で、ご縁あって参加できることがうれしかったです。


-台本を読んだときの印象はいかがでしたか。


 台本を読み、黒沢監督は確固たる世界観や作家性を持った方だと改めて感じました。対象のものがくっきりと目の前に姿を表しそうで表さない…という言語化しづらい気味の悪さや、よくわからない嫌な感じの絶妙な温度感は、フィクションで描こうと思っても、普通はなかなか難しいと思うんです。でも、それが台本からもしっかり伝わってきて、これぞ黒沢作品だなと。率直にそれが面白かったです。“転売ヤー”という昨今、日常的に見聞きしながらも、実情がよくわからない存在を物語の中心に据えていることにも興味をそそられましたし、それを菅田くんが演じるという“掛け算”にもワクワクし、胸が躍りました。


-菅田将暉さんとの共演はいかがでしたか。


 うれしかったです。この仕事を始めた10代の頃から度々共演させていただいていますが、同業者として見ても、いろんなものを持っている人ですし、毎回いろんなことを気付かせてくれる存在なので。そういう方と、20代の最後にご一緒できることへの喜びもあって。しかも、何かを仕掛ける側のキャラクターを演じる印象の強い菅田くんを、自分が的に追い詰め続けるという関係はこれまでなかった気がして、それも新鮮でした。


-菅田さん扮(ふん)する吉井を追い詰める三宅という役を演じる上で、役作りなどはどのようにされましたか。転売ヤーについて調べたりもしたのでしょうか。


 台本を読んでイメージを膨らませる作業に時間を掛けましたが、転売ヤーについて詳しく調べるようなことはしませんでした。というのも、この作品では実在の転売ヤーを解像度高く表現に移し、その実情や人生観みたいなものを描いているわけではなく、実態がはっきりしない部分があると同時に、ある種のケレン味が含まれた黒沢流の描き方になっています。そういう意味で、描かれていないところまで役の整合性を合わせることで映画がより面白くなるのかというと、そうではないと思ったんです。


-なるほど。


 そういうところをすっ飛ばして、人がいきなりおかしな行動に出るところに面白さがあると思ったので、自分の中で真実味を追求し、こういう出自だから…と役を作るのはやぼかなと。それよりも、イメージを膨らませることに時間を割いた方が有効だろうと思って。


-そういうお芝居のアプローチの仕方は、作品によって変わるものなのでしょうか。


 作品によっては、描かれていない役の裏側を自分で埋めておくことが生きる場合もありますが、それは逆に、現場でその枠から外れたことができなくなることも意味します。だから、現場で生まれる行動の面白さやはみ出していくことが僕の役に与えられた役割だった場合は、今回のようなアプローチをすることもあります。

-大半の場面でマスクをかぶったままの登場ですが、ご苦労もあったのでは?


 やっぱり、大変でした。視界が限られていたので、目出し穴の位置も細かく調整していただきましたし。ただ、この映画のムードとして、どこか浮世の話でない雰囲気がありつつ、同時にすごく生々しい瞬間があり、奇妙な話なのに、実際にあるかも、と思わせるものがあります。そのはざまを行き来する絶妙なバランスが作品の面白さだと思ったので、この世界観なら“マスクをかぶった人の生理”みたいなものが、そのまま仕草として出ても面白いのではないかと。だから、とっぴな存在ではあるけれど、そもそもマスクに慣れているキャラクターではないので、見づらいときはその都度、マスクを直すようにしていました。


-そうすると、お芝居としては、共演者とのやり取りの中から生まれるものが大きかったのでしょうか。


 それももちろんあります。ただやっぱり、黒沢監督が明確に「ここはこう動いてほしい」とアイデアを提示してくださったことが大きかったです。特に大事なシーンについては、クランクイン前から、「こういう動きで」と明確な指示がありました。そこに黒沢監督という人が表れている気がしたので、きちんと再現するつもりで撮影に臨みました。その一方で、どういう感情の流れでその動きになるのかは、こちらに任せてくださった印象です。まず外見の動きを監督に見せていただき、どんな感情の流れでその動きになるのかは、逆算して自分で埋め、ズレがあれば再度、監督に修正していただく、という感じでした。


-そういう黒沢流の演出はいかがでしたか。


 すべて指示通りに…ということではなく、俳優が自由にできる領域も残してくださったので、面白かったです。しかも、黒沢監督が現場で見ているものも、すごく興味深くて。すべて事前に決めた通りではなく、現場でインスピレーションを刺激されるものがあれば、「面白いですね。じゃあ、それも生かしましょうか」ということもありましたし。


-具体的にはどんなことでしょうか。


 例えば、僕がトイレでボコボコに殴られているシーンでは、現場で打ちのめされた僕の顔のすぐ横に小便器があるのを見た黒沢監督が「そこに血を吐いてください」と。そんなふうに、自由に動ける“遊び”の部分も残っていて、その柔軟性とご自身の美意識へのこだわりのバランスが見事で。こういうやり方なら、俳優はみんなやりやすいだろうなと。いろんな方と、いろんなスタイルの作品を撮られてきた監督なので、その中で洗練されてきた結果が、今の形なのかなと思いました。


-その結果、完成した映画をご覧になった感想はいかがでしたか。


 文字からは想像できない気味悪さや怖さが、映像や音で表現されていて面白かったです。黒沢監督以外では味わえない世界が詰まった作品だと思うので、ご覧になった皆さんの感想がすごく気になります。


-黒沢作品に出演したことで、俳優として収穫になったことは?


 日本を代表する映画監督のお1人なので、その方の現場に立てたことは大きな体験になりました。知らなかった場所に一歩、足を踏み込ませていただき、そこがこういう作りになっているんだと、目で見て、肌で感じられたこと自体が大きな収穫です。今回だけに終わらず、ぜひまたご一緒できるように、これからも頑張っていきたいです。


(取材・文・写真/井上健一)


『Cloud クラウド』9月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー