「50代なかばの夫とは、私が我慢することで生活が成り立ってきたと思っています。
普段は穏やかなのにお酒を飲むと人格が変わるというか、酔って物を壊したり私に手を挙げたり、ひどい状態になるけれど何度言っても夫はお酒をやめてくれません。
ふたりの子どもにまで暴力を振るうことはないけれど、そんな父親を子どもたちは敬遠しており、仲がいいとは言えません。
私は母子家庭で父親がおらず、親戚の類も県外で特に親しいお付き合いもしておらず、誰にも頼れないためこんな結婚生活でも耐えてきました。
夫は正気のときは私に『本当にすまない』と頭を下げてくれることもあって、飲まない日は家事もやるし、そんな姿に情を捨てきれなかったのだと思います。
子どもたちは高校卒業と同時に就職して家を出る気で、私もそのほうがいいと答えていますが、ある日『お父さんにはお母さんしかいなくなるよ』と次男に言われたとき、ふと夫とふたりきりで過ごす今後が思い浮かびました。
今の夫は、お酒を飲んでも以前ほどひどく暴れることはなく不機嫌な顔でぶつぶつと文句を言っていますが、それでも私を見ればコップを投げつけてくることもあります。
その後片付けを息子たちはため息をついてしてくれるけど、『大丈夫なの?』と次男が心配するのは私の体のことで、母親が家に取り残されるのが不安なのだと思いました。
正直に言えば夫とふたりでの生活は楽しい想像はできなくて、でもこれで離婚する自分も『人でなし』のような気がして、悩んだけれど答えは出ず、母親に相談しました。
次男の言葉やこれからの不安について打ち明けたら、母は『私はずっと離婚すればいいのにと思っていたよ』と静かに返しましたね……。
でも、私が離婚してもふたりの子どもを抱えての生活は苦しいし、自分も助けてあげられる範囲は決まっていて、何より私自身が夫をかばうのを見て、『目が覚めるまでは』と離婚については言わなかったそうです。
結婚生活が続いたのは、夫は給料のすべてを私に預けて自分はお小遣い制でも文句を言わなかったからで、酒乱なうえに生活費を渡さないような経済DVもあったら、『そのときは容赦なく離婚させた』ともはっきり言われました。
離婚は、夫を見捨てるのではなく『自分の人生のための決断』なのだと、初めて考えましたね。
素の状態の夫を見れば離婚の意思はくじけるのですが、それ以上に苦しいのが酔っ払ったときのことで、毎日ストレスを抱えている自分を改めて客観的に見たら、熟年離婚もありなのだと今は思っています。
子どもたちとも話して、今後の生活についてしっかりと考えていきたいです」(45歳/事務)
お子さんの言葉がきっかけになったこちらのケースは、夫婦が悪い依存状態にありその異常さに妻が気づいたことが転機になりました。
酒乱は本人の意思なくして治るものではなく、いくらほかの状態がマシでも極端にいえばこちらには命の危険がつきまといます。
それを正しく認識することは夫を見捨てることには決してならず、依存から抜け出さない以上は事態の改善もありません。
自分が犠牲になるような結婚生活は、離婚せずとも破綻する可能性があることを、忘れてはいけませんね。























