360種2000株の牡丹が色とりどりに咲き誇る

2025年4月22日撮影
石光寺の牡丹は今から千年以上前、牡丹の根を薬用に使う薬種牡丹を植えたのが始まりだと伝えられています。
戦前から「牡丹寺」として知られていましたが、第二次世界大戦中に軍の施設として使われたために、牡丹の庭園が荒らされてしまいました。そのため、牡丹の株を檀家の畑に移しましたが、混乱の中で貴重な品種が失われました。
戦後、先代住職は残った木を親木として苗を増やすことから始めましたが、牡丹を植えてもどんどん将棋倒しのように枯れていく、そういうような状態が何回も繰り返されました。そこで、牡丹は一体どうやって育てればいいのか、探し求めて東北、関東、島根などの牡丹園を訪ねては栽培法を研究し、やっとの思いで牡丹の適応性というものを少しずつ学んでいきました。
そうして地道な努力を重ねて40年。ついに「牡丹寺」としての復興を成し遂げました。
石光寺の春牡丹

2025年4月22日撮影
牡丹の歴史は古く、なかでも関西牡丹といわれる昭和天皇の即位を記念して京都御所の門名や殿名などが付けられた銘花が今もなお石光寺の境内で咲き続けています。
間近に観賞できる品種豊富な牡丹の他にも藤、利休梅、常葉万作、石楠花などの花木が彩りを添え、行くたびごとに様々なシーンに出会えるでしょう。
春の境内は新緑の清涼な空気と花木の香りに満ち、自然の息吹きに包み込まれるような安らぎを感じさせてくれます。

「談天門」2025年4月22日撮影
「殷富門」2025年4月24日撮影
「麒麟司」2025年4月22日撮影

ニ上山を背景に大きな葉が茂った中で大輪の花が咲く
阿弥陀如来と牡丹の見開き御朱印

阿弥陀如来と牡丹の御朱印
仏の教えが広まる世においては、天下和順(てんげわじゅん)、日月清明(にちがつしょうみょう)、風雨以時(ふうういじ)、災厲不起(さいれいぶき)
「天下が和らぎ乱れず、日月は清く明らかに輝き、風雨は必要な時に起こり、天災病疫は起こらない。」という浄土三部経の一節です。こういう世でありたいものですね。
牡丹の観賞時間
柔らかい花びらの牡丹は、強い陽射しと気温が上がる時間帯は花崩れします。快晴日のご観賞は午前中がお勧めです。開花状況はインスタグラムやホームページで随時アップしています。
お問い合わせは、0745-48-2031まで。
石光寺インスタグラム:https://www.instagram.com/sekkouji/
石光寺ホームページ:https://sekkouji.or.jp
【文化財】日本最古の石仏「白鳳弥勒石仏」弥勒堂開帳 4月14日~5月14日

白鳳弥勒石仏 弥勒堂内
平成3年に長い歴史のなかで所在がわからなくなっていた石仏が発掘されました。組み立てれば2メートル以上もあり、凝灰岩を丸彫りした仏様は白鳳時代以前には例がないということで「日本最古の石仏」といわれています。
石光寺
当寺の草創は約1300年前、天智天皇(668~671在位)の勅願で建てられ、役小角(えんのおづぬ)の開山と伝えられています。境内に奈良時代前期といわれる塔の大心礎があり、平成3年には弥勒堂改築に伴う発掘調査の結果、日本最古の白鳳時代の石仏(当時の本尊)と他に瓦や塼仏(せんぶつ)が出土しました。
中将姫伝説と染寺の由来
当寺は別名「染寺(そめでら)」とも呼ばれ、中将姫(747~775)ゆかりの「染の井」と「糸掛桜」があります。右大臣藤原豊成(704~765)の娘、中将姫は美貌で知られていましたが、17歳で出家、當麻寺にこもるうち霊感を得て蓮の茎を集め、糸を取り出しました。そして、石光寺の庭に井戸を掘り、糸を浸したところ五色に染まったといわれています。それが染の井で、傍らの桜の枝にかけたのが糸掛け桜です。中将姫はその蓮糸で一夜のうちに当麻曼陀羅を織りあげたという伝説があります。
アクセス・お問い合せ
【寺名】浄土宗 慈雲山 石光寺(せっこうじ)関西花の寺霊場 第二十番札所
【所在地】〒639-0273 奈良県葛城市染野387
【拝観時間(春期)】8時~17時
【連絡先】0745-48-2031
【拝観料】大人400円、小学生200円
【駐車場】無料(寺門前7台、第2駐車場30台)
【交通案内】
電車:近鉄南大阪線二上神社口駅から徒歩約15分
車:南阪奈道路葛城ICから約10分
https://sekkouji.or.jp/access/
企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ
関連記事







